富士日記 2.1

Jul. 31 fri. 「散歩する夏の午後」

朝の五時、まだ涼しい時間から、窓を開けて心地よい空気を感じながら、やっていたのは学生たちのレポートを読む仕事だ。「メディア論」のレポート、85人分を読んだ。しかも、これ、参考になるぞと思う部分、あるいは参照している資料などノートに記録し、評価するというよりむしろ学生に教えられながら読んだ。もちろんいかがなものかというレポートもあります。あるいは、またしても出てしまったネット上の、ある大学教授の論文のコピペもあったが(今年のは少し知恵を働かせ語尾を微妙に変えていた)、でも面白く読んだ。さらに「都市空間論演習」のレポートもけっこう参考になって「都市」について考える手がかりを与えられる。
しかし、そうしてずっと椅子に座っていたら、去年受けた血管バイパス手術の、バイパスに使う血管を取り出した左足が、びっくりするくらいぱんぱんにむくんでいたのだ。血管が少ないから下に水分がたまると戻ってこないという、つまり循環がひどく悪いわけである。それでここんとこ服用を怠けていた利尿剤を飲み(というのも、利尿剤を飲むと、大事なときにトイレに行きたくなって困るのだ)、さらにからだの循環をよくするため歩くことにした。夏の午後の散歩。新宿方向へ、甲州街道を少し代々木よりの裏の道を歩く。途中、江戸後期の学者「平田篤胤」をまつる「平田神社」というものがあるのを発見した。なぜここなのかはよくわからない。あと、代々木と甲州街道に挟まれたこの一画の、なにかよくわからない「過去の感じ」はなんだろう。古い木造のアパート。平家の一軒屋。整然と建てられたコンクリート造の団地群。そこからしばらく歩いて、文化女子大のあたり、つまり甲州街道に出た途端、「現代」に戻った気さえするのだ。不思議な体験をした。
それからまた家に戻り、さらに「演習44」のレポートを読む。「演習44」は戯曲を読む授業だ。こちらもまたみんなしっかり書いており、しかも資料によくあたっている。えらいな。「座・高円寺」でやる戯曲の講座でこれを読み上げようかとすら思った。

一年でいちばん好きな七月が終わるのである。
レポートを読んでいるうちに終わる。去年は病院で過ごし、自分のからだがどうなってしまうのか不安を抱えていたから、それに比べたら、かなりいい七月だった。学生たちともいろいろ話ができた。大学にもずいぶん慣れた。早稲田の図書館は日本でいちばんの蔵書だ。しっかり活用するとこんなに恵まれた環境もない。いまではどこでもそうだが、家にいながら蔵書を検索できるシステムになっており、コンピュータってやつはなんだかんだいってもやはり便利……とはいえ、やけにコンピュータを持ち上げるような、なんか、ああいった感じはいやなんだよ、つまり、まあ、スーツ姿で颯爽とコンピュータを駆使して仕事するビジネスマンの、なんか、自信たっぷりのあの感じだ。いやだね。いかに、「コンピュータを使った不合理」を擁護するかだ。
話がそれたな。なんだっけ。そうそう、大学である。数日前、幻冬舎のTさんが大学まで文庫版『資本論も読む』が刷り上がったというので見本を届けてくれた。そのとき、Tさんがちらっとしてくれた話に手がかりがあり、大学で教えることについて考え方が変わった。まわりの劇作家や、作家が、旺盛に仕事をしているのを見ていると、俺はなにもしていないんじゃないかと、正直、かなり焦っていたのだ。これでいいのか不安を抱え。だけど、大学で教えることの意味、大学にいるから受容できる環境のよさ、大学だから得られる価値をTさんがなにげなく話してくれ、そのあたりまえのことにようやく気がついた。なにしろ、学生のレポートは読まなくてはならないのだ。そこに書かれたことに少なからず刺激される。あるいは、この場所を基盤にできることの意味は大きい。作品が書けないのは単に自分の問題だ。大学をはじめ、さまざまな外的条件で書けないのではなく、ただ書かないだけのことだ。

今年の夏は日照時間が異常に少ないという報道。
だけど蒸し暑い。だけど書く。坂口安吾の言い方を借りれば、書いて書いて書きまくるし、秋からの授業の準備もすれば、北海道にも行く。忙しい夏。あるいは人にも会いに行こう。話もしよう。繰り返すようだが、夏は修行の季節である。

(8:57 Aug. 1 2009)

Jul. 29 wed. 「夏が気持ちいい」

火曜日(28日)は、「テレビ文化論」の授業にゲストで呼ばれ、もう20年ほど前の僕が関わっていた、当時、爆発的に人気のあったテレビ番組について話す。おそらく番組の内部事情など求められていたと思うが、話しながら、僕も内情をよく知らなかったことにいまさら気がついた。大人数の会議に呼ばれて毎週、アイデアを出していたが、そこからさらに具体化し台本にする会議がべつにあったはずだ。僕はそうした具体化にはほとんど関わっていなかった。だから、どうしてあんな番組(『元気が出るテレビ』)が生まれたか、おぼろげにしか記憶していなかったのだ。
なんだか申しわけない気分になりつつ、それとはまったく異なり、わたしが心血を注いでいた深夜番組(いとうせいこう君らと作っていた、『ハイブリッドチャイルド』)のほうがより鮮明に記憶していた。あるいは、好き放題に作っていた子ども番組、ほかにも深夜番組があり、好きなこと以外はしなかった。アイドルとかのラジオ番組など頼まれると、「なんか、おなかが痛くなっちゃって」と、やりたくないことはしない。『ハイブリッドチャイルド』はかなり好き放題に作っていた。いいかげんにしろ、と局のえらい人から言われて三ヶ月で終わったという、短命だが、僕がもっとも好きだった番組だ。ほんとに好き放題、テレビを遊び道具にするという、そんな不遜な、いま考えるとずいぶん生意気な、先のことなんかなにも考えず、若さゆえの傍若無人ぶりで作っていた。
本日もまた、早稲田に行ったのだった。そんなに早稲田が好きかって言われると言葉に困るが、用事があったから行かざるを得なかった。というのも、事務所に届けられた学生の「学期末レポート」を受け取りに行ったからだ。大量にある。読むのかよ。読むさ。とことん読むよ。ところが、今年の成績の提出締め切りは八月三日って、授業が終わるのが七月の第四週なのに、そんなばかなってほど早いのだ。できるのかそんなことが。でも、早めに終えておけば気も楽だし(というのも、ネット上で成績を付けるともう少し締め切りがあとなのだった)、その後の時間を有効に使うことができる。「座・高円寺」でやる戯曲の講座の勉強もしたいし、読む本は無数。だけどなあ、「サブカルチャー論」が280人分ぐらい、「都市空間論演習」が35人分、「サブカルチャー論演習」が30人分、「演習44・戯曲を読む」が22人分、さらに「メディア論」は数人の教員で受け持つからだいぶ楽だろうと思ったら、意外にある。今週中にこれをぜんぶ読む。読んで読んで、読みまくる。あいまに、『時間のかかる読書』のゲラを直す。このゲラが、「直し」のないページがないほど、細かく直している。

そういえば、火曜日の帰り、商学部のいつもモグリで来ている学生のイシハラと、「都市空間論演習」も受講しているTを新宿までクルマで送ったが、新宿駅東口のあたりで降ろそうと思ったら、タクシーが道をふさいでうまく停車できない。少し路肩より、道側に出っ張った形で停めたので、迷惑になると思い、すぐに二人を降ろしてクルマを走らせようと思ったら、突然、Tが叫んだのだ。「携帯がない!」。それでいきなりドアも閉めず、クルマのなかを探すが、さっきクルマのなかで携帯を見ていたのを知っていたから落とすはずがない。カバンのなかだろうから、とりあえずドアを早く閉めてカバンを探してくれと思ったが、次にTがとった行動に驚かされた。助手席のシートにカバンの中身をぶちまけた。なにをするんだおまえは。
これまで優秀だと思っていたTの、この子どものような行動にだんだん腹立たしい気分になってきた。まわりの状況をしっかり把握してから行動しろこのやろう。で、じつは、きょう大学に行ったついでに、研究室で出席簿を記入する作業をしたわけですよ。一人でやるのは大変なので、アシスタントをつけ、僕が名前を読み上げて出席簿に記入してもらうというやりかた。「サブカルチャー論」は、TAのK君があらかじめ、出席簿をつけてくれているので、あの280人の出席をつける困難な仕事からは免れているものの、ほかの授業はやらなくてはならない。そのとき、Tを読み上げるとき、私は迷わず「ばかもの」と呼んだ。Tの出席カードが出てくるたびに「ばかもの」と呼ぶ。するとアシスタントも「ばかもの」で通じるようになってきたので、面白くてしょうがなく、あと、「ジャンボカット」とか、「早稲田実業」とか、名前じゃないもので出席簿をつけるのが面白くなったのだった。
出席をつける仕事が終わったころには、夜の七時半になっていた。くたくただ。家に帰ってレポートを少し読む。エアコンを付ければ涼しくて気持ちがいいが、汗を流しながらレポートを読むのも、それはそれで、心地よい。それからシャワー。この快感。夏である。まったくもって、夏である。

あるいは、早稲田戸山キャンパスの図書館で後藤明生さんの『壁の中』を借りた。たいへん充実した日だった。ナビスコカップでは、清水エスパルスが、浦和に快勝。気分がいい。それからトップページを微妙に更新しました。

(9:40 Jul. 30 2009)

Jul. 26 sun. 「久しぶりに休んだ。そして、こつこつやる」

佐々木敦さんから、佐々木さんにとってはじめてとなる新書『ニッポンの思想』(講談社現代新書)をいただいた。まだぱらっと目を通した程度だが、九〇年代から、〇〇年代に向け、評価しづらいだろう「近い過去」から「現在」のことを書いているのがとても興味深く、またためになる。あるいは、たとえば学生たちにしたら「ニューアカデミズム」と呼ばれた八〇年代の思想状況などあまりぴんと来ないだろうが、そうしたこともまた新書ならではの明解さで表現されている。とにかく読めと言いたい。どんどん勧めたい。
本書でも少し触れられているが、『ニッポンの思想』といえば、丸山真男の『日本の思想』をすぐに思い浮かべるわけですけれど、「連想してしまう」のはどこまでの世代か考えた。いまの学生はなあ、どうなんだろう、……あ、そういえば佐々木さん、ゴダールシンポジュウムのとき、口内炎が痛くて前日は眠れなかったとのことだが、その後、大丈夫だっただろうか。僕がそうだったけれど、単純な「痛み」だと思っていると、想像していなかった病気にも通じるからしっかり病院で検査していただきたい。
それでわたしは、とりあえず夏休みだ。今週の授業の準備をしなくてもいいと思うだけで気が楽になり、何ヶ月ぶりかで、ほっとした日曜日を過ごした。とはいうものの、根っからの貧乏性だからか、レジャーには縁がなく、むしろ仕事をしていた。河出書房新社から出る、仮タイトル『時間のかかる読書』、というのはつまり、横光利一の『機械』を12年ぐらい読んでいた連載をまとめた単行本のことだが、そのゲラのチェックだ。『機械』の引用部分でまちがいがないか、元になっている版の『機械』と照らし合わせ、というのも、『機械』は出ている版によって微妙な部分が異なるからだ。京都にいたとき、本文(僕が引用に使ったのは、小学館の『昭和文学全集』第5巻)が手元になくて、べつの版を引用したこともあるし、こまめにチェックする。

「ゴダールシンポジウム」が終わってからも、ゴダールの <こと/音> がずっと頭のなかで響いているような気がする。めまいにも似た感覚。それでさらに映画を観たいと思うのと同時に、次は、『ゴダール全評論・全発言』(筑摩書房)を、また毎日こつこつ読もうと思ったわけだけれど、すでに第一巻にあたる<1956-1967>は少し読んだものの、シンポジウムの日までに、第三巻まで全部読もうと抱いた野望はだめでした。
こつこつ読もう。このところ、こつこつが、ちょっと面白くて、毎日少しづつやることを計画するのが楽しい。だから、先述した、『時間のかかる読書(仮題)』のゲラチェックも一日に13章づつ進めてゆくと10日ぐらいでできると計算した。少しずつ仕事を進めてゆけばわけはないのだ。その「こつこつ」が愉楽だ。以前もどこかに書いたことがあるが、「こつこつ」というこの言葉の響きがいい。
そして、ゴダールから刺激を受け、喚起され、それが来年の舞台になればいい。人はけっしてゴダールにはなれない。なれるわけがない。だが、作品とゴダールの言葉からなにか受け止めることはできるはずだ。だから、読もう。あ、学生たちのレポートも読まなくちゃいけないのか。まあ、読む。とにかく読む。こつこつ進めて行こう。

(17:13 Jul. 27 2009)

Jul. 25 sat. 「ゴダールシンポジュウム」

まずは先にお知らせ。「遊園地再生事業団」は「2010年公演」のためのオーディションを、この9月22日、23日に実施します。また新しい人に出会いたいのです。詳しくはこちらをクリックしてください。また、多くの人にこのことをお伝えください。たくさんの人に会って刺激されることを願っています。

本日は、「ゴダールシンポジウム」の日であった。トークの最後のほうで会場から出た質問に応えたのは、たとえば『勝手にしやがれ』の、ジャン・ポール・ベルモント、あるいは、ジーン・セバーグ、『女と男のいる舗道』のアンナ・カリーナといった、その時代にあって、きわめて「新鮮な身体」を発見したからこそ、ゴダールの新しさが生まれたということだ。ゴダールの方法はおそらく過去の俳優では成立しなかった。しばしば、僕が口にし、ノートにも書く「からだ」とか「身体」とはそのことだ。現在的な、魅力にあふれる「からだ」に出会える幸福が、映画や、演劇にはあるのだろう。だからこそ、遊園地再生事業団も、公演ごとにオーディションをしているのだと思う。
だからといって、僕の表現に見合わず、そこをなにか無理して「現在(のからだ)」と出会おうとしたところで、ゴダールが「ある映画作家」について批判的に語った「若さの模倣」という陥穽にはまるだけだろう。いまの私にとっての、出会うべき「魅力的なからだ」が存在するのだと思う。だから、オーディションをまた開きます。誰かに出会いたいのだな。で、どこかにいるんだろう、なにか特別な、魅力的な、いまのからだを持った人。

自分でもどうかと思うのだが、ふだんの大学の授業でも同様、人に見せたい素材がやたらあって、きょうもゴダールの映画のなかからいくつかの場面を引用し、それを編集したり、あるいは「美しい街の風景」と「パレスチナの街路」を並べたり、どう考えても時間に収まるわけのない量の映像を用意してしまった。それを、昨夜、大学の授業が終わり、いろいろあって帰りは夜の12時近くだったが、それから作業をはじめたものだから、ほとんど眠らずにきょうの昼過ぎまでやっていた。でも、そんなに映像を流せるわけがないが、編集が面白いとか、もっと見せたい、あれも見せないとだめとか、いろいろあって作業してしまう。計画性はないのだ。やりたいからやるのである。そうこうするうち午後は眠っていた。少し眠って起きてからまた映像の編集作業。ぎりぎり自分の出番に間に合う時間に「ゴダールシンポジュウム」が開かれた早稲田の小野講堂に着いた。
しかし、「ゴダールシンポジュウム」のおかげで、準備のために久しぶりにゴダールを再見。また新たな発見があったが、それがなによりの収穫。あるいは、佐々木敦さんとゴダールについて語れたのが刺激的な経験だった。
今回の「ゴダールシンポジュウム」の主旨は、映画関係者ではない者が勝手にゴダールについて語ることだったが、でも、佐々木さんは出席者のなかでは唯一、かつて映画批評家だった。その視点も貴重だ。
それにしても、観たなあ、ゴダール。パネラーの桜井君も大谷君も、この機会にものすごく見返したとのこと。このノートには書かなかったが僕も五月から計画をたて、一日一本という予定でノートを付けながら、DVD、あるいはビデオで見ていたのだ。しかも午前中、というか、朝の六時ぐらいから観ていた。朝からゴダール。福岡に行ったときもホテルでゴダール。あらためて、アンナ・カリーナに魅了される。なんて、いいんだ、この女優は。そして、80歳になるゴダールの精力的な表現活動に、まあ、凡庸な感想だが、ただ驚く。やはり、こういう機会でもなければまとめて再見しない、というのも、怠け者だからな、基本。秋から「座・高円寺」で戯曲についての講座を持つけれど、あれも自分が勉強するために引き受けた。やらざるを得ないから勉強するだろうと思って。

そんな日々ですけれども、金曜日の「サブカルチャー論演習」のあと、いまは放送作家をやっている大野が、「快気祝い」を持ってきてくれた。って、手術からもう、一年近く経つのだが、ようやく贈ってくれたのが左の写真だ。「ヤクルトスワローズ青木宣親のサインボール」である。奇しくも、その日、オールスターゲームでMVPを獲得した青木だ。たいへんなものが届いたのだ。
だが、いいことばかりではなく、その帰り荷物が多いからって大学にクルマで行った私は、コインパーキングの清算する時に必要なカードをなくしたのだった。最大料金1200円という格安なコインパーキングだったのに、カードを紛失すると5000円という、ものすごい失敗をし、その差額を知ってすぐに思い浮かんだのは、それだけあればCDかDVDが買えたということだった。人間、いいことばかりじゃないね。青木のサインボールは宝だが。
そして大学は夏休みに入った。これから死ぬほどレポートを読むことになりそうだ。しかし、読もう。映画も観よう。夏は修行の季節である。

(9:32 Jul. 26 2009)

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