富士日記 2.1

May. 25 sun. 「愛と憂鬱の日曜日」

小説家の佐藤弘君からメールをもらった。きのうのノートを読んだからだろう「グラフィティの紹介させてください」という標題のメールで、壁に描かれたグラフィティでアニメーションを作るというとてつもない作品を教えてくれた。その驚くべき仕事に感服。YouTubeこちらのページでどうぞ。映像をよく見ているとこの作業はものすごいことになっている。
その後も、大学の授業の予習のために本を読んでいるばかりで、街を歩くこともなければ、舞台も観ていないので、私の本職はなんだったかと疑問に思うものの、いま快感をえることに夢中になるというそれが私の生き方だ。でも、まだ「サブカルチャー論」にしても、「都市空間論」にしても方針が明確ではないので、探り探り、どうこれは体系化していったらいいかと模索中であり、いまは授業をしながらそのノートのまとめをしているという試行の段階だから、将来的には本としてまとめたいと思うけれど、いまはまだ、その段階ではないんじゃないか。たとえば、映画美学校で開講された菊池成孔の音楽論の講義は、講義から二年の歳月をかけて出版のためにまとめられているし(『愛と官能を教えた学校』)、『東京大学[八〇年代地下文化論]講義』が、講義が終わってから半年も経たないうちに本になったのは、それいくらなんでも、焦りすぎだとしか言いようがない。今学期でいろいろ試行錯誤しながら、考えをまとめてゆき、それをもとに授業の草稿作りをしようという、丁寧な仕事をしなければと思っている。
その一方、創作は続けているものの、少し停滞。小説を書いている。いまは、大学の準備のあいまに書いているから、落ちついてじっくりというわけにもいかない。なんとか書いて行こう。それに限ってじっくりというわけにもいかず、少し焦る。夕方、六本木の青山ブックセンターへ。あるフリーターだという青年からメールをもらい、Cutという雑誌で、松本人志が今後のテレビついて絶望的な感想を口にしているのを読んで、彼もまた絶望的な気分になった(べつにテレビという分野に限ったことではなく、それを動かすネオリベ化する社会についての絶望)とあり、そのインタビューを読みたかったからだ。それだけですませるつもりだったが、さらに大量の本を買ってしまった。本屋に行けばこういうことになるのは目に見えていた。六本木には外国人が多い。

(10:43 May. 26 2008)

May. 24 sat. 「Banksy!」

ヨルダン川西岸・分離壁のバンクシーの作品

少し興奮した。それというのも、グラフィティ(街中の壁などにスプレーで書かれたペインティグ、あるいは落書き)について調べているうち、Banksyというイギリス人のライター(グラフィティの作家)に興味を持ったことが発端だ。Banksyが、ヨルダン川西岸パレスティナ自治区ベツレヘムに作られた分離壁(つまり、パレスティナ側にイスラエル政府が、イスラエル人居住区を不法に広げてできた地区と、パレスティナ人の居住区を分断する壁)にペインティングしていると最近になって知ったが、Banksyの画集を開いてぱらぱら見ていたら、分断壁に描かれたグラフィティのひとつに思いあたるものがあったのだ。
去年、『ニュータウン入口』で流す映像のために岸がパレスティナに行ったことは何度もこのノートに書いた。岸が分離壁周辺で撮ってきて、コンピュータに取り込んだ映像をくまなく探したら、あったね、Banksyの作品が。さすがに壁に描かれた作品だけに、映像ではこの写真とは異なり、ずいぶん風化している印象を受けるが。岸はすごかった。無意識のうちにBanksyを撮っていた。こんど、「都市空間論演習」と「サブカルチャー論」、さらに、「メディア論」でも、「グラフィティ」の話をしようと思っていたが、思いがけない資料ができた。
といったわけで、今週も授業をし、そのための準備で忙しかったものの、だが、Banksyのような作家に出会うと、ものすごい刺激を受ける。そのほかにも、参考にしている図書から多くのことを学び、いま、なんだかわからないくらい意識が高揚したけれど、それというのもなんといったって、Banksyの活動にさまざまに喚起されるからだ。この国のグラフィティの作家も旺盛に活動しているのだろうが、だったら、Banksyがやったような仕事をしたらどうだ(創作の姿勢という意味で)。困難な場所にこそ描く場所を求め、グラフィティにメッセージとともに、なんらかの冗談が含まれているところに好感が持てる。たとえばそれは、モンティ・パイソンにも通じる冗談の質である。そしてなにより作品のクオリティが高い。

それにしても岸だよな。よくぞパレスティナに行ってくれた。そして、どこかでなにかが繋がり、この映像になったと思う。いまわたしは、Banksyに夢中だ。これぞ、能動的なオルタナティブだ。Banksyのサイトにごく一部の作品があるので見てください。「outdoors」をクリックして、さらに、「next」をどんどん先へ。というわけで、今週もまた、更新が滞ってしまったが、読まなくちゃならない本と、授業のために忙しいものの、創作にこそ、取り組まなければならない。Banksyはものすごい量の作品を街に残している。しかもそれは、いつまでも固定されてそこにあるのではなく、いつか消えてしまうものだ。その消えることもまた、グラフィティがグラフィティであることのゆえんだろう。

(0:47 May. 25 2008)

May. 18 sun. 「読み終えた」

その後も、「サブカルチャー論」のことを考えていた。「サブカルチャー」について授業を進めようとすると、傾向として「趣味学」のようになってしまい、それがなんだかばかばかしい気分になっているのである。「サブカルチャー」や「サブカル」と呼ばれる一般を、学問的な言説でいくら解いても、うっかりしていると「趣味の世界」になると思え、そんなことに興味を感じない。「趣味」を語ってもしょうがない思いもあるが、「趣味判断」の読解となるとカントを踏まえなくちゃならなくて、それは私の仕事ではない。あるいは、「上位文化(=ハイカルチャー・ハイブロウ)」と「下位文化(=サブカルチャー・ロウブロウ)を対立の構造として読解するとき、へたをすると世代問題になる恐れがあって、それ考えてみれば「若者論」ではないか、といったことになる陥穽がそこにある。「若者論」なんか考えたくもないよ。というか、「サブカルチャー=若者文化」ではけっしてないのだし。
そんなとき、メールをいただき、こんなサイトを教えてもらった。「国会中継をニコニコ動画で見る」という話だ。なるほどなあと思った。このこと自体にはなにかネット特有の危うさを感じるものの(小谷野敦さんがおっしゃった「ばかがものを言うようになった」的な)、けれど、コンセプトにはなにかの萌芽があると思える。その小さな発想が変化を生み出すような。どこかで誰かがなにかを考えている。それを教えてもらいに行きたい。それでこの週末、東京ビッグサイトというところで「デザイン・フェスタ」という催しがあったと人から話を聞いた。いろいろなことをしている人がいて、さまざまな活動がここにはありそうだと思いはするものの、人がものすごく集まるんだろう、疲れるんじゃないか、そもそも面白いのかな、といったことを考えていたら足を運ぶ気になれなかった。だけど、とりあえず行って自分の目でたしかめるべきだとあとで思った。それから判断する。行って失敗したと思っても、それはそれで貴重な体験だ。残念な気持ちになることもまた人にとって大切ではないか。
家で本ばかり読んでいてもしょうがない。ずっと読んでいましたよ、わたしは。読むべきものが机の上にどんどん積まれてゆく。「書を捨てよ街に出よう」という有名な言葉は寺山修司だが、「書も読めば、街にも出るし、妄想もする」というふるまいこそがいまは有効だ。つまり忙しいということ。それでも、実践と創作をしているからこそ作家であると、こつこつ小説を書き進めていた週末だ。むつかしいな。書くということは。そして驚くべきことに、「一冊の本」(朝日新聞出版社)で続けていた、横光利一の『機械』を読む、あの十年以上もやっているという、これほどの愚鈍さはないのじゃないかと思われる連載が終わったのだ。読み終わったよ。とうとう読み終えてしまった。もうすぐ単行本になるだろう。いったいこの連載はなんだったんだろう。原稿用紙にしたら五十枚ぐらいの小説を十年以上にわたって読んでいた。これはいったい、どういう種類の冗談だと考えるべきなのか。

(9:01 May. 19 2008)

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