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Published: Feb. 4, 2005
Updated: Mar. 1 2006
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仕事の御用命は永井まで ライブ・ノーメディア告知
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Feb.28 tue.  「またべつのプロット作りの方法について」

■五月にある舞台の出演者を、この時期に探すというのがそもそも無謀な話だ。
■出演を交渉しているある女優さんに劇の概要を知ってもらうため、プロットを書いていた。その女優さんに依頼しているのは重要な女性の役だが、劇全体のプロットではなく、その女の視点から見たプロットである。書きながら思いついたのは、それぞれの役からの視点によるプロットを書くという単純な方法で、それぞれ役柄ごとにその視点から劇を見るとどうなるか、それを書くのが面白そうだと思った。あくまでプロットという、戯曲に取りかかる前の作業段階でそうする。こうした方法はもうされているのだろうか。そんなに新しいことではないようにも思える。よく知られているように、黒澤明の『羅生門』はいってみれば、作品それ自体がその構造だ。ひとつの事件を、様々な視点から見るとどのように反映されるかが語られてゆく。とりあえず、という言い方もあれですが、制作の永井に女優さんへの出演依頼を早くといわれていたので、まずは、その女の視点からプロットを書いた。
■そんなおり、桜井圭介君から電話があった。またなにか、おもしろいダンスを紹介してくれるのかと思ったら、まったくちがう話だ。こんどの、『モーターサイクル・ドン・キホーテ』は、横浜市鶴見区が劇の舞台になっている。そこで、鶴見区出身の、というか、いまも鶴見に住んでいる俳優の山縣君が、鶴見を舞台にするなら出たいと言っているという。なにかの打ち上げの席にいて、電話で話している桜井君のそばに、山縣君がいるらしい。山縣君というのは、山縣太一君のことだ。チェルフィッチュに出ている俳優である。笑ったなあ。出たいと思ってくれるだけでも感謝したものの、もうだいたい話はかたまってしまった。ただ、町のろくでなしの若者として、ちょこっと出てもらうことは可能かもしれない。
■こういうとき、映画がうらやましくなる。出番のために、その時間だけ、現場に来てもらえばいいからだ。演劇はつねにスタッフにしろ、俳優にしろ、関わっている者は同じ場所にいなければならない。以前、別役実さんの『会議』を演出したとき、三分間ぐらいしか舞台に登場しない役があった。それでも稽古場にずっといなければならないのもきついので、そのときは、あんまり稽古に来なくていいと言ったのだ。これはやっぱり、舞台の特殊なところだろう。上演に際しては、つねに、全員が一緒にいなければいけない。ただ、ああいうのはどうなっているのか疑問に思うのは、八時間あるような劇で、ようやく五時間あたりで出てくる俳優がいた場合だ。実際、そうした、どうかと思うほど長い芝居は存在する。俳優は全員、同じ時間に小屋入りするのだろうか。わからない。で、開演してから、自分の出番は五時間後なので、「ちょっと、芝居見に行ってくる」と言い出すかもしれない。それ、じゅうぶん可能じゃないか。
■ただ、映画でも、演劇でも、共通しているのは、俳優は待つ仕事だということだろう。ある映画の現場に行ったとき、カメラの位置を変えるだけで、照明のセッティングや、装置のセッティングの時間がかなりあって、俳優がやはり待っているのを見た。演劇でも、自分の稽古がないとき、俳優は待っている。その「待ち方」が、俳優を、どんな俳優にするか決めるように思える。というか、それって、人そのものにも感じる。どんな待ち方をしているか、ベケットはそれを書こうとしたのだろうか。

■と、そこまでが、きのう(27日)の話。プロットを書きあげ、永井にメールで送ったのは、きょう(28日)の朝の七時過ぎだった。驚いたことに、すぐに、「プロット受け取りました」と永井から返信があったのだ。永井の生活時間帯がまったくわからない。まあ、人のことを言えたものではないが、そのあと私はようやく眠り、起きたらもう夕方だ。
■夜、少し勉強。あと、あしたのレクチャーの準備。演出家によるレクチャーのシリーズとして、タイトルが、「演出の方法」になっている。考えてみたら、僕は戯曲の書き方とか、俳優の方法について書いたり、話をしたことはあったが、「演出」そのものについてあまり話したことがなかった。自分でも、自分の演出法がどうなっているかよくわからない。というのも、ほかの演出家の「演出法」をよく知らないので、自分の演出を対象化できないわけです。それでも、ほかの人の舞台を観て、演出を想像はするし、稽古してないなあ、といったことはだいたいわかる。もう、かなり前、十年近くまえだった気がするが、ある舞台が終わってすぐ、一緒に観に行った者に「稽古してないなあ」と根拠もなく口にしてしまった。あとで、その舞台に出ていた俳優に会ったら、「二週間で、舞台って、できるんですね」と言う。やっぱりだったのか。『トーキョー/不在/ハムレット』のときは、あの岩松さんに、稽古をめちゃくちゃすることで有名な岩松了さんにですよ、「これ稽古しただろ」と言われたときはすごくうれしかった。まあ、しましたよ、『トーキョー/不在/ハムレット』は。なにしろ、一年近く稽古していたのだ。だけど、だからっていいわけではない。「演出」とはなんだろうと、あらためて考える機会として、あした(3月1日)のレクチャーをしよう。

(5:02 Mar.1 2006)


Feb.26 sun.  「劇の言葉はどこへゆくか」

■そういえば、先日、「遊園地再生事業団のウェブに関して、演出している私が、全部、作っているというのは、どういうことかと思いつつ、作っている」とここに書いたら、『トーキョー/不在/ハムレット』の演出助手をしていた、本来はウェブデザイナーの相馬から「作りますよ」というメールが来たのは、もう数日前だ。とてもありがたい。まあ、デザインは趣味のようなものなので、作るのは楽しいが、さすがにね、こう忙しいとたいへんではあったのだ。しかも、相馬が作ってくれたらきっといいものができるだろう。プロだしな。だから、『モーターサイクル・ドンキホーテ』のページは近日公開。
■さて、私は私の仕事をしようと、プロットを書いたり、「よりみちパン!セ」のゲラのチェックをしている。「書く」という作業は、手が勝手に動くことでもあって、『モーターサイクル・ドン・キホーテ』のプロットを書いていると、最初に考えていた話とまた変わってゆく。勝手に話は進むのである。人物が動き出しもする。ところで、このところ、仕事を断ることが多くなって申し訳ないことになっている。仕事をはじめた二十代のころから、仕事は断らない(断れない)というやり方をしてきたが、それができないことに気がついたのは体力の問題か。ぜんぶできると思っていたのだ。なんでもこいと考えていた。四月の初頭までにある文庫の解説(十枚ぐらいの原稿)を頼まれていたが、ぜひとも書きたいと思いつつ、どう考えても、きっと迷惑をかけるにちがいない。大学がはじまる。稽古がはじまる。で、文庫の解説の依頼を受ける前に、三月いっぱいまでに、京都造形芸術大学の舞台芸術センターが刊行している、『舞台芸術』の原稿を頼まれていた。この原稿がきっとたいへんだと私は予測したわけである。しかもそのころ、この日記で毎日のように、「戯曲ができない」と書いているにきまっているのだ。だんだん先のことが想像できるようになってきた。人間、少しは進歩する。
■ある若い俳優に、『モーターサイクル・ドンキホーテ』の出演を頼んだところ、ちょうどその稽古と本番の時期、自主制作映画に出演する約束をしていたという。これはまたべつの問題で、どんな仕事であろうと、先に約束した仕事は優先するべきだ。そういうのは、なんというんでしょうか、「約束の履行」が、俳優の品格を作るとでもいうか、たとえ出演料が莫大な映画の仕事がきたとしても、先に入れた約束を守らなかったら、俳優にとっては、そのありようをだめにすると思うのだ。よく、俳優にたいしては、仕事を選べとむかしから口にしていたが、それとはまたべつの問題になる。技術なんかのまえの、倫理ってやつだろうか。いったんやると決めたらやるべきだ。まあ、僕はちょっと困ったことになったが、それはそれとして、なんとかしよう。もうこの十数年、劇団ではない遊園地再生事業団は、出演者を探すこと、俳優に依頼することでどれだけ苦労してきたか。それを考えるとすごく消耗する。

■でも、本を読む時間はようやくできた。もちろん、演劇の本は仕事だと思って読んでいたが、それとはまた種類がちがう時間である。そういえば、『チェーホフの戦争』を読んだという方からメールをもらった。途中からドライブがかかったように、一気に読んでくれたとの話。ありがとう。その方のメールに、後藤明生さんの小説が書店から姿を消していることを憂うことが書いてあった。「後藤本は本屋には絶滅状態で、図書館の開架にもなく、このまま手に取られず、消えて行ってしまう作家なのかと思うと、何かショックです。“読者100人説”というのもあるらしいですが、惜しいと思います」とあった。せめて、『挟み撃ち』は文庫でずっと残っていてほしいと思う。小説でこれなんだから、劇の言葉はどんどん消えてゆく。戯曲として活字になったものも(単行本も、雑誌掲載でも)探すのに苦労するが、まして、活字になっていなかったら探すのはほとんど不可能だ。
■で、ぜんぜん関係ないが、以前から注目していたスポーツ中継の実況では、NHKの小野塚アナがだんとつに面白かった。ここにきて、先日の女子フィギュアの実況をしていたアナウンサーも気になっていたが、もう、注目されていたことを新聞で知ったのだった。カーリングの中継で、そのアナウンサーが選手を「マリリン」と呼んだという。べつに、そう呼ぼうと、呼ぶまいと、どうでもいいが、はしゃぐような調子ではなく、淡々とそう語っただろう刈屋アナウンサーを想像するとおもしろい。しかし、それにしてもカーリングだよ。日本代表のうち北海道の常呂町出身者が三人いるらしい。地図で調べたらとんでもない場所にある。人口五千人弱の町から代表が三人って、それ、ものすごい確率だ。映画にもなったらしいがまったく知らなかった。
■ま、それはそれとして、小説を読もう。

(12:33 Feb.27 2006)


Feb.25 sat.  「理事会に出席」

■午後、マンションの理事会があった。私は理事の一人である。耐久年数がほとんど過ぎている給配水管に関する工事が今回の議題である。全面的に、あらゆることをこれから直す大規模改築をすると莫大な金額がかかる。各戸の負担を考え、とりあえず、もっとも、緊急の課題であるところの、給排水の工事を今年中にやることになった。とはいえ、各戸が(もちろん占有面積によって金額の増減はあるが)百万円以上かかるとなると、急にはそう出せる住人ばかりではないと思う。わたしは、本の印税を貯めてなんとかなるかもしれない。ぽんと出せる家もあるだろうが、そうではない人もいる。これから、マンション全体の総会があってそこで議題としてかけられるが、このあいだも、一階ロビーで天井から水漏れがあったことからして、ことは火急である。どうせ、築四十年になろうとする古いマンションだ。いずれは工事しなくてはならない。
■「よりみちパン!セ」が莫大に売れればいいが、そうは世の中、甘くないだろう。なにしろ演劇だしな。かといって、僕の書くような小説もあんまり売れるとも思えない。演劇はそもそも経済とはかなり無縁なところで成立している。だからこそ、僕は、演劇の世界にいるのだが。
■理事会は、マンションの管理会社、工事を実際に実行する施工会社の人たちが、今後の日程などを説明をする会だった。そして、理事の方はお年寄りばかりだ。いろいろな立場がある。いろいろな意見もある。僕はこの理事会に出るようになってはじめて、僕の知らない社会というものに触れた気がして、興味を抱いていた。たとえば、五階の人が深夜、四階に住んでいるまだ高校生がベランダで携帯電話で誰かと電話しているのが気に入らないらしい。おそらく、高校生は、いまどきの高校生が話すような乱暴な言葉で話していたのだろうが、五階の住民の方からしたら、それは、「やくざが話しているのかと思った」ということになるのだ。あるいは、近くの予備校の生徒のあいさつが元気がよすぎるというので、朝早くから、起こされると憤慨していたこともあった。いろいろなことが人の「迷惑」になるのだ。主観的なものだな。僕はあまり周辺のことが気にならない。とても住みやすいマンションだと思っている。人それぞれだ。

■理事会が終わって、参宮橋のカレー屋で昼食をとった。辛かった。辛いのが得意な僕でも、慣れない「辛さ」には弱い。家に戻ってビデオである旧作の映画を見る。参考になることはいろいろあった。僕が中学生のときに見た映画だ。久ぶりに観ると忘れていることがあったし、中学生にはわからないこともあったと再確認した。ここんとこ、読書もそうだが、忙しくて映画も観られなかった。忙しいことはありがたいことでもあるが、考えものだと思う。映画はできるだけ一人で観るのがいい。中学生のときというより、小学生のときからそうしていた。終わったあとに、人と話さなくてはならないのが、わずらわしいのだ。映画を引きずりながら、ひとり、なにか考えているのが子供のころから好きだった。
■「よりみちパン!セ」のゲラチェックをする。もっと書き直したい部分も多々あるが、ぜんぶ直していたら。たいへんなことになると思う。

(7:33 Feb.26 2006)


Feb.24 fri.  「寝過ごしたこと」

■夜を徹してつい女子フィギュアをテレビ観戦してしまったわけである。で、荒川が金メダルを取ったのをリアルタイムで見たわけだが、スケートの演技はもちろん注目していたが、荒川が誰かに似ていると思いそれが気になって仕方がない。荒川がほかの選手とちがうのは、髪をひっつめクラッシックバレーをする人のようだし、手足がやわらかな動きをすること、そしてこの四角い顔、僕の舞台『トーキョー/不在/ハムレット』にも出た伊勢に似ている気がしたが、いや、もっと誰かに似ている。そう考えているうちに、ふと気がついたのは、口もと、あごのあたりの感じが、イチローに似ていることだった。ようやくこれですっきりした。ショートプログラムのときからずっと気になっていたのだ。すっきりしたので、ようやく、朝の10時ごろに眠る。
■目が覚めたら、もう夕方だった。しまった。きょうの午後三時に打越さんから、『よりみちパン!セ』のゲラを受け取る約束になっていたのだ。オペラシティのカフェで待ち合わせをしていたのにすっかり寝過ごしてしまった。こんなに眠るなんて思いもよらなかった。家まで届けていただいた。申し訳ない。少しずつゲラのチェックをする。こうしてゲラになってみると、やはり、改行が少ない印象だ。ほっとくと私は、改行をしないまま、だらだら書く。今回は、十代の読書を想定して改行を多くしたつもりだったが、まだ少ない。それから、「足す」のではなく、「削る」という方向で改稿する。やはり、「なにもかもなくしてみる」の精神である。ほんとになにもかもなくしてしまったら困ると思うが、できるだけ、削ろうと思うのだ。同じようなことを重複して語っているところがけっこうある。細かい言葉を削除する。一文をできるだけ短くしよう。読みやすくしよう。
■『モーターサイクル・ドン・キホーテ』のプロットを書こうと思うがうまくいかない。プロットは苦手である。若いときからこういう訓練をしておけばよかったと思うが、だいたい「プロット」という考え方を否定するような態度で劇を作っていたので、そもそも無理である。でも、少しずつ書く。「プロット」は、ドラマを作る過程における、「形式」や「手続き」という意味だけではない。もちろん、第三者にどんな劇になるのか知ってもらうためにも「プロット」はあるが、「プロット」というは言葉は、「劇の思想」だということを、太田省吾さんに教えられた。あるとき太田さんが、「アンチプロット」という言葉を口にしたからだ。「劇」は「ドラマ」だが、「舞台表現」は「劇(=ドラマ)」ばかりではない。もちろんダンスはそうだが、「演劇」もまた、「劇(=ドラマ)」だけにおさまらない。「劇(=ドラマ)」だけだったら、ずっとアメリカ映画のほうがすぐれていると思う。面白いものな、アメリカ映画。ほんと、よくできてる(もちろん、ほかの外国や日本の映画にも、すぐれた作品は数多くあるが)。とするなら、演劇は、あるいは、舞台表現、舞台芸術は、またべつの場所を目ざす。あるいは、俳優という身体、戯曲における言葉がここでは重要視される。

■だいぶ仕事が落ち着いたので本を読む。仕事のためではない読書だ。荒川静香は立派だった。終わった直後のインタビューでも妙なはしゃぎっぷりもなく淡々としていた。それに好感をもったのと、中継しているときのアナウンサーがよかった。しっかりかんどころを押さえた実況である。このオリンピックを通して、日本の獲得したメダルが「金」一個ってのは、秀吉を茶室に迎えた利休のようだ。茶室の周辺にある、朝顔をすべて処分し、ただ一輪の朝顔を茶室に飾ったあの「わびさび」の感覚だ。より際だってメダルが見えるから不思議だ。これもまた、「なにもかもなくしてみる」の精神だろうか。

(16:35 Feb.25 2006)


Feb.23 thurs.  「そして、また、横浜」

バイクにまたがる小田さんと下総君 ■朝の八時少し前に家を出て横浜に向かう。横浜の赤レンガ倉庫で、『モーターサイクル・ドン・キホーテ』の宣材用、フライヤー用に写真の撮影があったからだ。一日おきに横浜に来ている。というか、このところやたら横浜に来る。このあいだ「よりみちパン!セ」を書くために、数日、ホテルにこもって以来というか、去年の夏、
BankArtStudio NYKでワークショップをやってからなにかと横浜に縁ができた。赤レンガ倉庫横の、駐車場で、今回の演出助手をしてくれる大沢君が待っていた。で、その駐車場に入ると、どう考えても、そこは観光バス用のスペースだ。白線で駐車位置が示されているがやたら広い。こういう場所ではたいてい、車止めの、なんというんですか、ブロックみたいなものがうしろにあるが、その幅も広い。釈然としないまま、クルマを停めて、みんなが待機している場所へ。
■今回、出演してくれる、小田さんと、下総君、それから制作の永井、デザイナーの斉藤さんや、カメラマンの方たちと会い、撮影について少し相談。写真の構図などを決める。で、モーターサイクルというくらいだから、撮影にはバイクが必要だった。それを川崎にあるバイクショップからレンタルし、ショップの人がここまで乗って運んできてくれたという。バイクにまたがる小田さんと、下総君。とても悪そうな感じになってとてもよかった。バイクショップの青年も、うれしそうに見ていた。それで、青年は携帯で写真まで撮っているというか、ここにのせた写真も永井が携帯で撮った写真である。俺はデジカメを持ってくるのを忘れたのだ。失敗したな。で、カメラマンさんの撮った宣材用の写真ができたら、詳しいデータも掲載したページをまた、ここに作る予定だ。遊園地再生事業団のウェブに関して、演出している私が、全部、作っているというのは、どういうことかと思いつつ、作っている。
■昼前には撮影が終わり、みんなで少しカフェで休んだあと、東京に戻る。早起きしたせいでやたら眠い。少しだけ気持ちにゆとりができたせいか、ようやく落ち着いて本が読めた。「今日の状況において、文学(小説)がかつてもったような役割を果たすことはありえないと思います。ただ、近代文学が終わっても、われわれを動かしている資本主義と国家の運動は終わらない。それはあらゆる人間的環境を破壊してでも続くでしょう。われわれはその中で対抗して行く必要がある。しかし、その点にかんして、私はもう文学になにも期待していません」と柄谷行人さんはおっしゃっているが、それでも、僕は、「演劇のこと」や「文学のこと」を、「対抗」としてしようと思う。荒川だって、あんなにがんばっていたじゃないか。

(9:05 Feb.24 2006)


Feb.21 tue.  「また横浜へ」

■また横浜に行ったのだった。いつものとおり、第三京浜を通って、いつも「
BankArtStudio NYK」に行く道を、途中で右に折れ、桜木町の駅の方向に行く。その先にすごい坂があって、そののぼりきったあたりに、「青少年センター」という施設がある。そのなかにある大きなホールの、舞台上だけを使って、客席と、芝居をする空間が作られていた。南アフリカのヤエル・ファーバーが演出する、『モローラ ーー 灰』という舞台だ。ひとことでいうなら、とてもよかった。東大の内野さんに薦められたのだがほんとに観てよかった。
■どんな舞台だったかは、作品を紹介しているサイトへ。ギリシャ悲劇の物語を引きつつ、劇は南アフリカの人種問題、アパルトヘイトをからめて進行するが、俳優の力ももちろん観るべきところはあったとしても、なにより、「南アフリカ・コーサ族のンゴコ女性文化合唱団」の歌に魅了される。西洋演劇という枠組みのなかに、それの文脈とはまったく異なる、「ンゴコ女性文化合唱団」の歌(「倍音」と呼ばれる声の出しかたなど)、民族楽器の響きがきわめて効果的に使われる。演劇の文脈のなかに、呪術的、神話的な世界が流れこみ、そのことで、劇世界がどかーんと広がる。まあ、ひとことでいうなら、その声はどこから出てるんだという感じからして、すでに、ちがう場所で劇は展開するのである。で、「ンゴコ女性文化合唱団」の歌だけ聴けばいいかというと、やっぱり、この枠組みのなかで歌われたからこそ、生きていたのだと思うし、劇の後半、エレクトラが、母親に復讐の斧を振りあげようとするとき、劇のなかで、聖なるもののように存在する歌う女たちが、エレクトラをおしとどめる姿がよかった。ンゴゴの女たちは、もちろん専門の俳優ではないから芝居はけっしてうまいわけじゃないけど、専門の俳優とはまったくちがうそのたたずまいが逆に、神話的な母性の抱擁のように出現すると思って、わたしはすなおに感動していたのだった。俳優が、冒頭から思いっきり高いテンションで演じているのとは対照をなす姿には、とてもやわらかなものを感じた。だからって、寺山修司が呪術的なものを西洋演劇に対置するのとはまったく種類が異なる。女たちがなんの異和もなくその劇世界に存在する。溶けこむわけではなく、きっぱり存在の輪郭をあらわにしていながら、なだらかに存在しているような印象だ。
■いいものを観たなあと思って幸福な気分で横浜をあとにする。こんなにいいと知っていたら、もっといろんな人を誘えばよかった。松倉にも見せればよかった。「コーサ族のンゴコ女性文化合唱団」の歌だけでも、みんなに聴かせたかったな。これ、NHKの芸術劇場で放送されるそうだが、やっぱり生じゃないとね。いま目の前にいる、その女たちが、とてつもなく魅惑的な声を発して歌っているのだ。パンフレットに、「ンゴコ女性文化合唱団」のメンバーたちが紹介されている。そのなかの一人は、「生まれつきの巫女」とある。これからしてもう、よくわからないことになっている。

■横浜に行く前に、永井がうちに来て、もろもろの打ち合わせ。『モーターサイクル・ドン・キホーテ』は着々と進行している。内野さんからもアドヴァイスのメールをもらった。『モローラ ーー 灰』から、またちがう意味で、刺激を受けた。あ、そうだ、早稲田のKが観に来ていたので、帰り新宿までクルマで送って、いろいろ話を聞く。Kたちいつものグループは、青山真治さんの『エリ・エリ レマ サバクタニ』のオールナイトイヴェントに行ったそうだ。阿部和重君が撮影したメイキングビデオなどの上映があったそうだが、なかで、サイン入りポスターなどがあたる抽選会があり、八人が当選するというのに、そのうちの四人がKたちのグループだったという。当選者の五〇パーセントが僕の授業によく来る連中というのは、いったい、なんのめぐりあわせだ。イヴェントには白水社のW君も行ったはずである。僕も行きたかったが、「よりみちパン!セ」の原稿を書いていた。
■青土社のHさんからメール。サッカーの本を出しましょうという話。次(二〇一〇年)のワールドカップを目標に準備するという提案で、その気の長さがうれしかった。深夜、つい気になって、女子のフィギュアを観てしまったが、それと同時に、なぜか小説の直しをしようと思いたったときには、すでに、かなり眠い状態になっていて、はっきりとした記憶が曖昧である。目が覚めてから気がついたのは、牛乳が半分入ったコップが台所においてあることだ。飲もうとしたのだろうか。よくわからない。

(15:40 Feb.22 2006)


Feb.20 mon.  「鍼治療のことなど」

■時間ができたので、からだのメンテナンス。鍼治療の日だった。少し楽になった。鍼治療は「最後の手段」と呼ばれている。僕はそこから入ってしまった。少々のマッサージとか指圧とかではぜんぜん効果がないほど、からだが、ぱんぱんになっているからしょうがない。
■夜、きのうも書いた、『カルデーニオ(仮)』、そして『モーターサイクル・ドン・キホーテ』について内野儀さんに、こんな話になるけれど、ご検討いただきたいとメールを書いた。問題は、枠組みはいいとして、いかに、「カルデーニオ」の物語をそこにくわえるかということだった。考える。たしかに、構造が複雑になってしまうので、「イージーライダー」のことをいっさい表に出さず、よく見ると、それは『イージーライダー』であり、『ドン・キホーテ』なのだと伝わるお話にしようと考えたのだった。そして、「カルデーニオ」の物語にある構造を「主」としてどう語り出すかが問題だ。いろいろ手を考える。むつかしい。そんなことをいろいろ考えていた日。もう戯曲を書き出さなければな。そして、「新潮」に渡した小説の直しもしなければ。それで思いだしたが、新潮社のN君からメール。きのうここに掲載した(その部分はカットしたので、この話は意味が通じないと思われます)、「没」になってしまった原稿を、「考える人」にくれないかと、冗談ぽく書いてあった。ああ、そうか、そういう手があったか。引く手あまたであった。これ、少し書き直すと、「
Mac Power 」でも使えるアイデアになっていたな。最後のサポートセンターの話から、コンピュータの話にもっていけると思ったが、もうあとのまつり、ここにアップしてしまった。もうこれは、雑誌では使えない。なにかの単行本がこんど出たら、それに入れることにしよう。『モーターサイクル・ドン・キホーテ』のことばかり考えていた。
■そうそう、「
LIVE! no media 2006 草原編」で、いちばんはじめに朗読したマーガレット・ズロースというバンドの平井君は、ライブのとき、奥さんの出産予定日が三日後だと話していたが、なんと、きょうの朝11時頃に無事出産したとのこと。おめでとう。お腹がとても大きくなっていたが、奥さんはポエトリーリーディングをずっと聞いていた。お腹にいた子どもも聞いていただろう。きっといい子に育つと思ったのだ。

(4:02 Feb.21 2006)


Feb.19 sun.  「ポエトリーリーディング」 ver.3

ノーメディア香盤表 ■すでに、アップしたこのノートをあとで読み返したら、眠る前に書いたせいかでたらめなことになっていたので、書き直しました。
■さて、「
LIVE! no media 2006 草原編」の当日である。少し家を出るのが遅くなって、開演に間に合わないと焦りつつ、BankArtStudio NYKに到着したのは、もう午後の二時半を過ぎていた。階段をのぼって入り口にたどりついたら、知人のO君に会った。「すごいことになってますよ」というので、どうしたのかと思い会場をのぞくと、たいへんな数のお客さんである。おどろいた。開演がずいぶん押しているらしい。しかも、会場は、僕が想像していたポエトリーリーディングとはちがう空気だ。なにか熱気を感じる。あとで聞いたら、朝、九時ぐらいから並んでいた人もいるという。
■右は、本日の出演順。このメンバーですよ。人がかなり集まるとは思っていたがやっぱりだった。そして、最後に添えられている「一人20分以内、歌は一曲です」という注意書きが注目すべきところだ。ミュージシャンはいいよな。歌があるものな。ミュージシャンは、みんな一曲は歌いました。とてもお得な内容である。あ、谷川俊太郎さんもアカペラで歌いました。
■来るときは、間に合うかどうかであせっていたからか、べつに緊張などしなかったが、いよいよ、はじまると思うと、だんだん、意識が変化するから不思議だ。緊張したんだ。ものすごく緊張して、じっとしていられない。それぞれの方たちの詩を、いろいろな場所で聞いた。一番に登場した平井君の詩を、いいなあと思いつつ聞き、しかし、平井君が終わったときには、一番にしてもらえばよかったと思ったのだ。待つのはつらい。ただ、それぞれの方が詩を朗読しているあいだは、ただの聴き手になって、じっと耳をすました。いろいろな声がある。いろいろな読み方がある。言葉に心がうごかされるときもあったし、あるいは、笑いもし、そのときはいい。一人が終わると、ふと自分の順番が来るのを思い出す。

■で、とうとう来ました、僕は八番目に登場。友部さんのあとである。それだけでもすでにプレッシャーでしょう。友部さんの詩を集中して聞きたいが、内心はあせっているのだ。もっと友部さん、詩を読んでくれないかなあと、これは単純にファンの心理。友部さんに呼ばれてステージへ。見れば、客席はすぐ目の前に迫っているし、ぎっしり人がいる。遠くのほうまで人の姿がある。ぎっちりつまっている。こういう経験もあんまりないのだ。ひとつ息を深く吸い、落ち着かせようとする。まずエッセイを読み、それから戯曲のト書きを読む。ひとつ発見したのは、あるエッセイの最初の一行だけ読んで、それでいいということだ。一行だけでも伝わっていた。そうか、これだな、「なにもかもなくしてみる」の精神は。思潮社の現代詩文庫に、友部正人さんの詩が入り、その巻末で、何人かの方が友部さんの詩について語っている。僕も寄稿させてもらった。以前もここで書いたように、思いのたけを書いたのだった。だから、長い。ところが、谷川俊太郎さんや、矢野顕子さんたちの文章を読むと、とても端的に書かれ、しかし、そのほうがずっと友部さんの詩を表現していると思えた。「詩」というのは、そうしたものなのだなと、ひとつ勉強になったわけですが、私は長いのだ。どうかと思う。思いのたけを書けばいいってもんじゃないのだな。
■で、最後に、そんなことしなけりゃいいのに、『トーキョー/不在/ハムレット』で詩人役の南波さんが読んだ六分四十秒の、あの独白の、元になっている小説のその部分を読んだのだ。来ていた白水社のW君に話を聞いたら、僕の朗読は、五分二十秒だったそうだ。つまり、南波さんより、一分以上早く、つまり、あせって早口になっていたのだろう。読んでいる途中、なんどもつっかえたり、かんだ。それはそれで味だと思ってください。僕はけっしてアナウンサーのような者ではないし、俳優でもない。読んでいる途中、文字を追うことだけに集中し、ただ読んだ。聞く人に、これ、伝わっているだろうか、心配だった。そもそも小説の途中だし、内容の分からない人にはなにが語られているか、ほとんどわからないはずだが、ただ言葉のひびきとか、音として聞いてもらえたらと思っていたのだ。とにかく、最後の「深い眠りについたのだった」を落ち着いて読もう、そこだけが、しっかり伝わればいいとそればかり考えていた。南波さん、舞台では、これを毎日読んでいたのだな。すごいな。演出しておいていまさら驚くのもどうかと思うが、これはすごい。ぐったりつかれた。
■出演者のリーディングは、それぞれ興味深く聞かせてもらった。銀杏BOYZの峯田君は、マイクを手に、客席のなかに入ってゆく。すると一気に、ミュージシャン感が漂って、からだから発するものが、いつものステージの峯田君になっていた。すごくよかった。そして谷川さんは、言葉ももちろんいいが、読みがとてもおだやかで、よかった。まったくポエトリーリーディングだなあと思ったのだ。あと遠藤ミチロウさんは、僕が知っているのはスターリン時代だったので、ふだんの腰の低さにこちらが恐縮する。しかし、ステージではちがった。あとで、「遠藤さんは寺山修司の影響を受けているのですか」と質問したのは、言葉や、発する声に、初期の寺山演劇の感じを受けたからだ。いままで、同じ質問をした人がもうひとりいたそうだ。カルメン・マキさんだ。本人は、「ふつうに好きでした」とわりとあっさりとしたこたえだった。「
LIVE! no media」は、ほんと、面白いですよ。ほとんど、途中で帰る観客はいなかった。みんな一人一人の朗読に、集中していた。すごいことだと思った。
■こうした文化がもっと定着していったら、豊かになる。東京のそこかしこで、ポエトリーリーディングが、あるいは、僕のように、単なる朗読があるだけでもいい。言葉の豊かさを、そして人の声を聞くことができる。

■「
LIVE! no media」万歳。わたしはとてつもなく楽しい気分で終えることができた。予定時間を大幅に超過し、六時間になろうという、大イヴェントになってしまったが、くりかえすが、面白い企画だった。楽しめた、といっても緊張はかなりしていたのだが。もし、次に出演を誘われたら、新しい言葉を読もうと思う。驚いたのは、エッセイで観客が爆笑していたことだ。やさしい観客だった。あるいは、これ、伝わるのか心配だったけど、たった一行でも伝わることの発見だ。「不在」の朗読はどうだったのかな。それだけが心配だ。
■知人たちも大勢来てくれた。ありがたい。例によって、早稲田の学生たち。駒場の学生は道に迷い、一時間半以上も、あのあたりをさまよっていたそうだ。白水社のW君のほかに、青土社のHさんもいた。そして、ここでしばしばメールを紹介している、HMV渋谷店のマネージャーをしているK君も来てくれて、はじめてお会いすることができた。あと、峯田君とも挨拶ができてうれしかった。ミチロウさんが気さくに話しかけてくれたのもうれしい。そして、谷川さんは、なにか、おがまなければいけないんじゃないかという、ある意味(これはいい意味です、あくまで)、即身成仏のようなたたずまいである。ありがたやありがたや。
■終演後、早稲田の学生たち、南波さん、田中夢らと歓談。このときだけは、心が落ち着く。ところが、食欲がなく、そのすきっぱらに、胃酸が出て、やたら胃が痛い。しばらく落ち着けなかった。この、「
LIVE! no media 2006 草原編」も、CD化されるとのこと。それはそれで楽しめると思うが、やっぱり、現場の空気は伝わらないだろうな。それも伝えられたら、もっとすごいことになると思う。

■『カルデーニオ(仮)』の、本タイトルは、『モーターサイクル・ドン・キホーテ』に決まった(っていうか、僕がそう決めた)。月曜日に、東大の内野さんにプロットらしきもをの送ろうと思う。横浜市・鶴見区にある町のバイク屋のおやじが、若いころ観た映画、『イージーライダー』に憧れ、店で働く若い店員と、放浪の旅に出るのだが、ここが『イージーライダー』だ。考えてみると、『イージーライダー』の話の骨子は、ドン・キホーテじゃないか。まあ、ロードムービーとも言うけれど、ドン・キホーテだって遍歴の旅の物語である。本来の『カルデーニオ(仮)』は、遍歴の旅に出たドン・キホーテ(少し頭のいかれた人)が旅先で、カルデーニオという男と会い、そこに生まれる男女の色恋沙汰の機微をえがいたものだ。だが、『イージー・ライダー』は、ドン・キホーテである。『モーターサイクル・ドン・キホーテ』もまた、頭がいかれちまったバイク屋の主人と、その店員が旅に出る。主人は大型のバイクに乗るが、お供の店員(ま、デニス・ホッパーである、サンチョ・パンセである)は、50CCのバイクに乗る。そこで、「カルデーニオ」の物語に遭遇する。
■細かいことは、まだ書いているうちにふくらむが、だいたいの骨子はこうした話。舞台には、バイクが何台かならぶことになるだろう。なぜならそこは、町のバイク屋なのであり、出てくるのは、主人の幻想である。『モーターサイクル・ドン・キホーテ』。これで書けそうな気がする。すぐさま、プロットにしなければいけない。時間はないのだ。
■それにしても、楽しかった。来てくれた、早稲田の学生たち、南波さん、三坂、O君、田中、松倉、ヌール君、白水社のW君、青土社のHさんたちに感謝。ありがたい。銀杏BOYZの、峯田君は大人気だった。さすがだな。楽しかった。ほんとうに楽しかった。もっといろいろな人のリーディングについて書きたかったが、きょうはここまで。

(6:41 Feb.20 2006)


Feb.17 fri.  「一段落ついて」

■「サッカー批評」という雑誌のあたらしくはじめる連載と、「かながわ戯曲賞」の選評を書き終えて、これで一段落ついた。きょうの昼間、ものすごく長い時間をかけて、風呂に入った。長風呂はいろいろ考えるにはとてもいい。だけど、やっぱり、仕事のことを考え、五月に公演のある『カルデーニオ(仮)』について考えているうち、これはいけるかもしれないというアイデアを思いついた。長風呂は大事である。時間があったので、「よりみちパン!セ」の原稿を読みなおしたら、なんだか、納得のいかない文章だ。あせって書いたのがいけない。著者校で直しをかなり入れるかと思うと、気が重い。
■それでも、土曜日(18日)はだんこ、わたしは休む。一段落ついたのだ。少しぐらい休んだっていいじゃないか。読みたい本だってあるし、観たい映画もある。のんびりしたい。からだも休めます。夜、永井が来て、『カルデーニオ(仮)』の、チラシに関する打ち合わせ。思いついたことで、進行するように提案。そのために、いくつか用意するものがある。チラシ用の撮影は、朝、七時からだという。横浜の赤レンガで撮影する。寒いんだろうな。来週の話。そのた、いくつか決めることはまだある。プロットを書かなくては。
■オリンピックの、スノーボード・クロスという競技の女子の部をテレビで観る。男子に比べて迫力に欠けるものの、かけひき、そして、転倒など、トラブル続出。すごいことになっていた。予選ラウンドは、一人ずつ滑降し、タイムトライアルで決勝ラウンド出場者を決める。決勝ラウンドは四人が一気に滑る。ここが面白い。そして決勝。アメリカ代表がほかを圧倒してリードしていた。ところがゴールまであと少しというところでアクシデント。観客にアピールしようと思ったアメリカの選手が、エアーという技を披露した。それで、僕は、このへんでころべば面白いのにと言ったら、ほんとに、ころんだんだよ。転倒という大アクシデント。なにがあるかわかならい。漁夫の利をえた二位だったスイスの選手が、そのままゴールラインをかけぬけ金。そもそも四人同時にスタートというのは、接触や転倒など、アクシデントがあるのはわかっていたものの、こんな劇的に結末になるとは思わなかった。これは、もっと注目してしかるべき競技になるっていうか、単純に、観て面白い。あ、そうだ、夜遅く、日経新聞から、いまの演劇について電話取材を受けた。

■あしたはとことん休む。一日中、好きなことをやっていようと思う。このノートがやたら長くなってしまうかもしれないが。

(5:35 Feb.18 2006)


Feb.16 thurs.  「書き終えた」

■ようやく、「よりみちパン!セ」の原稿が書けた。これから、もう一度、推敲しようと思う。それにしても、中学生から高校生を対象にした本というのが、そもそもむつかしい。文章にとても苦労した。だいたい、どれを漢字にし、どれをひらがなにしたらいいか、悩むのだ。で、書いているうちに、どんどん、ひらがなになってゆく。なんだか、小学生に向けた文章を書いている気分になってきた。中学生をばかにしちゃいけないはずだ。だって、中学生ともなれば、大人の本を読むだろう。音楽や映画にめざめ、そうした雑誌を読んだり、ことによったら、インターネットも読んでいる。わからなくても、なんとか読むのではないか。それをなんか、これ、漢字じゃいけないんじゃないかとか、たとえば、「抽象化」という言葉には説明が必要じゃないかとか、いらぬ気をつかって、申し訳ない文章になってしまった。だから、だらだら、長い。これでいいのか、よくわからない。
■いま、刊行元の、「理論社」のサイトを見ると、「よりみちパン!セ」のシリーズのうち、私の本は、三月六日発売になっている。ぎりぎりだ。ほんとうに迷惑をかけしてしまった。すいません。しかも、今月は、28日しかないときてやがる。まったく二月ってやつは。
■青土社のMさんから、FAXが届いているのに、きょうようやく気がついた。数日前に届いたようだった。見れば、東京新聞に掲載された『チェーホフの戦争』の書評だ。劇作家の坂手洋二君が書いている。『チェーホフの戦争』と「『資本論』も読む」の二本立ての書評。取りあげてもらったことを、まずは坂手君に感謝しよう。すごくていねいに読んでくれた。っていうか、ていねいに読み過ぎだよ。坂手君、冗談ということについて、まったく反応していないところが、坂手君らしい。ていねいに読んでそれだけでもありがたいが、それで、へえ、と思うことがいろいろあった。驚いたなあ。あ、そういうことなの。なるほどなあと。それについても、詳しく書きたいところだが、ちょっと疲れたので、また次の機会にしよう。ただ、『チェーホフの戦争』に関しては、やっぱり、青土社のMさんが言った、「小説のように読んだ」というのが、もっとも的をえているように思う。あれはきっと、小説なのだな。

■少し熱中して見てしまったのが、オリンピックの、スノーボード・クロスという競技だ。面白い。で、さらに、「サッカー批評」という雑誌の連載を書きはじめる。次々と仕事だ。スノーボード・クロスなみの速度でやってゆこう。いや、そんなことはできない。少しずつである。なにごとも。

(2:25 Feb.17 2006)



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