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Published: Feb. 21, 2003
Updated: Jan. 16 2004
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  (ENBUゼミの「短期集中講座」のページに直リンクさせてもらいました)

Jan.15 thurs.  「様々なメール」

■アナログプレイヤーに関して書いたところ、さらにまたいくつかのメールをもらった。一昨日メールしてくれたH君はさらに詳細に書いてくれたし、そして、ムーンライダーズの鈴木慶一さんからもわざわざメールをいただいた。
カートリッジの不具合の直し方で、私が、かつてよくやった方法は、唇をブルブルと震わせて(発声練習のように)ツバキを霧状にして、吐き出し、接触部分を軽く濡らすと確実に直りました。初メールが、これかいって感じではありますが。
 しかも、メールの文面がこれだけだったので、なにか笑い出しそうになったけれど、これを読むと、「現場」の感じ、いわば「現場感」が漂って、なにより説得力がある。それで試してみたところ、「唇をブルブルと震わせて(発声練習のように)ツバキを霧状にし」がうまくできない。霧状にしようと思うとよだれがたれる。思わぬ量のつばが飛ぶ。しかも遠くに。で、ここで問題なのは、よく家にある「霧吹き」じゃだめなのかということで、つまりそれは、「水分を与えるなら方法はなんでもいい」ことになるが、もしかして「唾液」でなくてはいけないとなると、ことは複雑である。なにか熟練した職人さんの技を想像されられ、しいていうなら、ガラス工芸の人が筒にふーっと息を吹いて溶けたガラスの形を作るような姿を想像させるのである。しかも、H君のメールにも「つばをつける(方法は書かれていなかった)」とあって、「唾液」になにかあるのではないか。さらにH君は「接点復活剤」のようなものを紹介してくれたので、やはりただの「水分」ではだめなようである。
 それで実際、これでうまくゆくのではないかと試したが、うまくいかなかった。その代わり、壊れているもう一台のプレーヤの「シェル」っていうのか、「カートリッジ」というかそれを針のあたりを少し不具合を直して装填したら、見事に左右のスピーカーがら音が出るようになったのだった。
 うまくいかなかったとはいえ、二人のアドバイスにとても感謝した。さらに、H君はきのう引用させてもらった「ギターよりターンテーブルが売れている」という話に補足の言葉を書いてくれた。
その発表(註・ギターよりターンテーブルが売れている)はDJが行うバトルの場で公表された事で、そのバトルというのはDJが2台のターンテーブルを使用して音楽を「作る」なかで発見されたであろう技術の部分を中心に構成される、所謂「ショー」的なものです。本来のDJが選曲を中心に客を踊らせることを念頭においているのに対して、彼等は与えられた時間の中で、新しい技術を競い、またレコードに収録されている素材を組み替え、6分なら6分の新しい「曲」を作り出すのです。
 その中で、当然一般的に言うDJとは差別され、また本人達もそれらとは一線を引き、自分達をDJではなく「Turntablist」と呼ぶようになりました。そういった経緯で、彼等はターンテーブルをあくまで「楽器」と捉え、元々至ってマイノリティな分野なのですが、その中でも客を盛り上げることを主とした人々や、そうではなくターンテーブルをどこまで楽器的に扱えるか? というようなことを突き詰めていく人々等に枝分かれしていきました。例えば、レコードに収録された「ド」の音というのは、ターンテーブルの速度によって、「レ」にも「ファ」にもなるわけです。なので、ギターやピアノ等、それ自体が音を奏でるものと同等に扱うか否かは別として、キーボードのようにどこかから取り込んだ音を使用して鳴らすものを楽器とするのであれば、ターンテーブルも楽器だとは思います。
 但し、その売り上げの9割以上はそういった人とは関係のない人達が購入しているでしょうけど。もとより、商業スペースで扱われたり、購入層の多くが2台1セットで購入したりするので、あまり比較対象にはならないと思います。
 長々書きましたが、こういった経緯のもと、ギターと比較されたのだと思います。もしかしたら、世間一般で「売れている」とか割とポピュラーな楽器だと思われているギターだから、それと比較をしたに過ぎないかもしれませんが。あと、上記の楽器的な捉え方をする人達のなかでも、おもしろい試みは行われていて例えば、6人で6台のターンテーブルとミキサーを使い、各々が担当の音(楽器)を「演奏」するといったターンテーブル六重湊みたいなものも行われています。
 これはためになった。で、H君ら仲間が作っているサイト「タンテ右翼@UPIERZYC」も教えてもらった。名前は恐ろしいが、ターンテーブルをはじめミキサーなど機材について詳しいことを教えられたし、さらに何曲かサンプルされた曲も聴ける。とてもいい。このアンダーグラウンドな感じに魅了される。さらに、そこからリンクをたどって『宿(ジュク)の斜塔』というサイトで、いろいろなことをインスパイアされたのだった。

■あらためて、『宿(ジュク)の斜塔』から受けたインスパイアがなにか書いておけば、いま新宿歌舞伎町に関する小説を書こうとしていて煮詰まっていたが、そのサイトを見ていたらむくむくとイメージが膨らむのだった。直接的なことではなく、そこから沸いてくる朧気なもの。CDを買おう。それを意識のなかに流しながら小説を書こうと思ったのだった。こうしてメールで教えられることが刺激となって次のことを考えられる。なにか故障していたり、困っているとアドバイスのメールをもらう。とても感謝する。しかし、「機械=ハード」となると、いきなり男のメールばかりが来るのが面白いと思ったが、「男は機械好き」ということなのかと思いつつも、そこで「男の子の機械いじり」といった言葉を持ち出すと「性差」の制度性も感じ、いろいろ考えるところである。
■以前、自分の作ったというビデオを送ってくれた、またべつのH君からは、「ファイナル・カット・プロ」のアドバイスがあり、テキストリーディングワークショップに来ていた「北関東」出身のKさんは美味しいもののお店を紹介してくれた。あるいは、CD店に勤めているというKさんは『首都東京・隠された地下網の謎』を読んだという感想。それぞれ読ませていただきありがたかった。『トーキョー・ボディ』に出ていた久保は「私は北関東の女です」ときっぱり宣言した報せで、わからないことはなんでも聞いてくれという。質問してもろくな答えが返ってこないのではないかと思った。
■あ、そうだ水曜日(14日)は「テキスト・リーディング・ワークショップ」があったのだった。ジャン・ジュネの『屏風』を読む。半分も達しないところで時間が来た。今月の末に公演があるのでそれまでに読み終えたい。ほかにももっと戯曲を読みたいが。『資本論を読む』の単行本もあり、小説もあり、二〇〇五年の舞台のこともあり、混乱したまま、どうも一点に集中できず、あたふたしているうちになにもできない。ただただ、メールがとてもうれしくそれが救い。


(4:28 jan.16 2003)


Jan.13 tue.  「ターンテーブルのことなど」

■また、アナログプレーヤ(ターンテーブル)件でメールをいくつかもらった。だが早速メールで適切なアドバイスをしてくれたのは、四条畷のYさんや、去年10月の松倉のライブに来てくれたH君、さらにかつて中古レコード商をネットで展開し月に20万稼いでいたというS君からメールをいただいた。みな基本的に共通している部分を指摘している。ピックアップというのは、ここのページにあるマニュアルの「6」にあたる部分(つまり針があるところ)で接続部分の金具をくるくる回せば外れる仕組みになっている。Y君はこう書いてくれた。
・ピックアップがおかしい(あるいはピックアップとアーム部分の接触不良)
・プレーヤとアンプのコードがおかしい(あるいは接触不良)
・アンプの Phono回路のところでおかしい
 下の二点についてはいろいろやって正常であると確認したので、やはり「ピックアップ」になると思う。うちのターンテーブルは、東京から京都へ、また東京へと移動し、移動しているうちになにか壊れたか経年劣化も考えられる。さらにY君は「かなり以前うちのプレーヤのピックアップを替えたら突然まともに左右から音が出るようになったことがありました」という。ほかの二人からもほぼ同様のアドバイスだった。H君のメールでは、「アーム -- ヘッドシェル -- カートリッジ -- ニードル間の接触不良」とあり、ここではY君の言う「ピックアップ」は、「ヘッドシェル」という言葉になっている。先述のマニュアルでは単に「シェル」となっている。S君によれば、その接触の部分をGパンでこすると直るときがあるとかなり強引だ。
 よく見ればピックアップ(シェル)部分の配線がかなり劣化している。そこで試しに、もう一台のやはり壊れているターンテーブルのピックアップ(シェル)に替えてみた。驚くべきことに今度は右側からしか音が出ない。やはり、問題はここだったのだな。元々のピックアップ(シェル)では左のスピーカーからしか音が出ていなかったので、となるとあれですか、もう一台のターンテーブルもピックアップ(シェル)がだめってことでしょうか。でも、こっちのターンテーブルの故障はスイッチ部分なのだが。
 で、H君のメールで驚くべきことを教えられた。

「DJ機器の老舗、
Vestaxによれば、99年の時点でターンテーブルの年間総売上はギターをも凌いでいるということで、『DJだけで需要があるほど世の中にはDJがいるのだろうか』に関して言えば、線引きが難しいですが、DJと同じようなことを家でする人口は多いようです。まぁ、そのVestaxのリサーチもどういった経緯で施されているかが不明瞭であてにはならないですが、若者の中で"家にターンテーブルが2台ある"といことがステイタスになりつつあるようです」

 そういうことになっていたのかい、世の中は。ここで注目されるのはターンテーブルとギターを比較していることで、一方はオーディオ機器であり、一方は楽器のはずだし本来なら比較しないものだろう。つまりあれは楽器なのだな。プラネット・サード
■夜、高円寺にある、「プラネット・サード」という名前のカフェに行く。べつに予定があったわけではないがべつの用事で外に出たときふと思い出し、以前から話に聞いていたのでどんなところかのぞいた。やけに店内は広い。コンピュータが並べられネットに接続できるらしい。やっぱり東京のカフェは人が多い。京都のあの静謐さはないのだった。といったようなことをのんきに考えている場合ではないのは、このあいだ「新潮」のM君から、『レパード』の感想と、「小説を2月までに」というメールをもらい、いやしかし、「文學界」もあるしで、頭は混乱するばかりだが、そうすると気ばかりがあせってどうも落ち着かず、本もまともに読めないのだ。一年間かけていろいろ映像を撮り、その積み重ねでなにかできないか、二〇〇五年の舞台につなげようと思うばかりであまり前には進まず、アップル社のビデオ編集ソフト、
Final Cut Proの使い方はよくわからないし、いろいろ混乱しつつ、冬の一日は短い。

(15:15 jan.14 2003)


Jan.12 mon.  「今年の目標など」

■そうだ、書いておかなくてはいけないことがあった。いわゆる「トンデモ本」という言葉を作った人たちは偉いと思う。ある種の傾向の本について批評する態度を、「トンデモ」という言葉で表現する方法を発見した。それはすごい。ただ、それが広く流通した結果、ひとつの記号になってあまり深く考えずに「トンデモ」と使われてしまう危惧はあり、僕も安易に使ってしまったことを後悔している。だから、『首都東京・隠された地下網の秘密』に対して「トンデモ」という表現をしたことを反省しているが、もっと慎重に文章にするなら、たとえばそれは、「一部、疑問点もある」という言葉で書くべきことだった。
■その言葉を当然ながらカール・マルクスは使わなかったものの、「経済学批判」と副題のある『資本論』で既存の「経済学書」を次々と批判し、対象になる本がいかに「ト」なことになっているかを暴いてゆき、それはもう爽快である。引用をしつつ、引用の中で「訳者註」とも書かずに、批評を入れ、それはたとえば「(!)」だったり、さらにひどいと「(!!)」になり、「(!!!)」になっているところもある。マルクスがいまネット上にいくつもある完全匿名で書き込む掲示板の類に登場したらたいへんなことになっていたと思う。文献をすべて調べ上げた上で徹底的な批判を試みてうるさくてしょうがない。以前も書いたことがあるように、小谷野敦さんがネットの特徴について「ばかがものを言うようになった」と書いた意味は、少し調べたり参考文献にあたるべきなのをその労をなまけ直感と思いこみだけで批判や論争が起こっている掲示板の類の現状について書いたものだった。たしかにそれはある。
■で、僕もそのことは極力注意しようと思っているが、便利な言葉があるとつい使ってしまうことがもっともいけない。その言葉を使わずいかに、同じことを語り出すかということが「表現」ということなのではないか。以前、クルマについて話していたときのことだ。スポーツーカーはたいてい1000万円ぐらいするが、フェアレディーZはたしか200万円ぐらいで買える。このことからフェアレディーZがなにを意味しているか話しているとき、横にいた誰かが、さっと言葉をはさみ「なんちゃってスポーツカーなんですね」と言ったのだった。この「なんちゃって」を使わないように慎重にそれまで言葉を選んで話をしていた私の努力をすべて無にするような「まとめ」である。「答え」は多くのことについてあらかじめわかっていることが多いが、しかし、そこにゆきつくために、わざわざ遠回りすることが「表現する」ということなのではなかったか。かつて桜井圭介君がダンスについて、ふつうに歩いて進めばいいものを、よくわからないことをついしてしまう行為だという意味のことを書いていた。
■ただ、言葉の質にもよると思う。簡単に使ってはいけない言葉がある。そもそも「なんちゃって」が私はきらいで、言葉の語感がいけないのもあるが、っていうか、それが一番だけど、同時に「なんちゃって」は意味に作用するからだめだ。つまり単純な反転(反構築的)である。そこへゆくと「だよーん」は素晴らしい。なにも発生させないというか、いわば脱構築的だ。三つの言葉にして考えてみる。
1)「Zはスポーツカーだ」
2)「Zはなんちゃってスポーツカーだよ」
3)「Zはスポーツカーだよーん」
 この「3」の、人をばかにしたような態度はなんだ。まじめにものを考えているとは思えないので、さぞかし日産も怒ると思う。といったことを、10年前に考えていたが、最近は「だよーん」にも往年の力はなく、もっと異なる方法を必要とするといったことを模索し、今年の目標にしたいものだった。

■きのう書いたアナログプレイヤーだが、なにか変だと考えていたところ原因がわかって、つまり左のスピーカーしか音が出ていない。もっと早く気がつけよ。いろいろ検証してわかったが、プレイヤーがいけないらしい。プレイヤーが二台あって、二台とも壊れている(もう一台はべつの故障)。腹が立つ。気分を変えるために秋葉原まで行って
HDDを買う。160ギガバイトのものを買ったが、それをPower Mac G4で初期化すると、130メガしか認識されないのでいよいよ腹が立ってきた。なぜこんな面倒なことをしたかというと、Power Mac G4を映像編集用に特化しようと思ったからで、大容量のHDDを増設しそこに映像を保存することにしたのである。原因として考えられることがいろいろあるが、考えるのが面倒になる。

(17:40 jan.13 2003)


Jan.11 sun.  「事前の調査」

■天気がいいが外の風はひどく冷たい。
■なにごとも事前の調査が大事である。さ来週、元筑摩書房の編集者で、いまは子育てに忙しい打越さんと会うことになったが、原美術館の近くで、という約束になり、原美術館にクルマでどう走ったらいいか調べるため、地図を手に品川方面に行ったのだった。山手通りを目黒を超え、五反田駅のあたりで道を変更。八つ山通りを品川に向かって走り御殿山交番の信号で右折すればいいとわかった。細い道だが両側通行。閑静な住宅街に原美術館はありしかも駐車場付きである。ただ、打越さんと電話で会う段取りを決めたとき、その近くにあるホテルのカフェでという話だった気がするが、よく覚えていない。原美術館にクルマを止めても意味がないのではないか。展示を見てから打越さんに会うことにしようと、もう準備は万端である。
■帰り、山手通りと目黒通りの交差点で左折し東横線・学芸大学前駅にゆく。かつて住んでいた近くである。商店街の記憶がかなり欠落していることに驚く。店も変わったし商店街に流れる空気もかわっている印象を受けた。むかしよく来た古本屋に入り、『横光利一』(若草書房)を買った。研究者や批評家による横光利一について書いた何本かの論文を所収した本。またしても、スガ秀実さんの論文が掲載されており示唆されることが多い。というのも、いま『機械』を読む連載をしているからだというのはもう何度も書いているものの、こういった批評には目を通さず、批評にぜったい影響されないよう読まずにいたが、スガさんの文章は興味深かった。論文の題は、「書く『機械』」だ。商店街を歩く。風が冷たい。じっとしていられないほどだ。

■いま家には、テクニクスのターンテーブルというか、アナログプレイヤーが二台あるがこのところぜんぜん使っていなかった。ふと思い出したようにケーブルをつなぎ音を出してみた。高校生のころに買ったアナログのレコードはもう30年になろうとしているのにきれいに音が出た。最近、気になっているのがそのころ聴いた音楽がクルマのCMによく使われていることで、クルマを買うような世代のなにかをくすぐるということだろうか。あるいは、CMの作り手がそれを聴いていた世代ということか。
■そういえば、学芸大駅前の商店街の喫茶店に入ったら平井堅がずっと流れていて、外国曲のカヴァーが多い。かなり、松倉とかぶっている。かぶってるなあと思いつつ聴いていたら、『
Don't Know Why』のギターのイントロが出たときはさすがに笑いそうになった。かぶりすぎだよ。そんなとき松倉からメールがあり、どうも調子が悪そうだ。暖かくなったらまたライブをやろうと計画する。また、ある人からいただいたメールは送信者が誰かわかるような書き方がぜったいできない種類のものだった。というのも、その人の友だちが皇宮警察に勤めていて、一皇宮警察官によるある人についての感慨が書かれておりそれはちょっとまずいからだ。あ、だめだ、僕から細い糸をたどってゆけば調べようと思えば調べるられる可能性がある。書けないな。迷惑がかかる。タブーだ。おそらく秋庭俊さんの本で、なにが書いてあるのかまったくわからない部分とはこうしたことなのだろう。
■関係ないけど、テクニクスのサイトを調べたらターンテーブルは「DJ機器」と分類されていてなにやら奇妙である。DJだけで需要があるほど世の中にはDJがいるのだろうか。

(15:17 jan.12 2003)


Jan.10 sat.  「そして眠らない一日を越えて」

■10数時間の睡眠を取ったからというわけでもないが、9日(金曜日)は「チェーホフを読む」(『かもめ』の第三回)を書いているうちに結局、眠らずに丸一日以上が過ぎていった。こつこつ書いていたが最後がどうしてもまとまらず、そのためには、前半がまどろっこしくてしょうがないし不必要に思えてきた。もう10日の未明の時間になってから、前半部分を大幅に削る。それで後半、ニーナについて書き足していったものの、あまり思考する力がなくなり言葉が不足する。それでもようやくきょうの午前中に書き上げた。メールで送信。
■だめだったのは文献からの参照がほとんどできなかったことで、それというのも、引用する余力がなくなっていたからだ。『かもめ』に関しては、最初に、ここを引用しようと思う箇所をあらかじめ入力してあったので、それはコピー・アンド・ペースト。もっといい文章にしたかった。一眠りして、あらためて推敲すればまたちがったけれど、時間がなかった。久しぶりに苦労した。ゲラで大幅には変更できないけれど文章などをきっちりしたものにしようと考える。それにしても、書いているあいだ何度か『かもめ』にあたり、なにか書くべきヒントはないかと探していたけれど、読めば読むほど後半のニーナが泣かせる。もう大泣きするくらいの切なさと愚かさだ。人は愚か。しかし、たまにロシア人の女優、バレーのダンサーを見るととてつもない美人で、チェーホフの戯曲ってのはこうした人のいる世界かと考えれば、日本人がこれをやろうってのは土台おかしな話だ。原稿を書き終えてから眠いのにこのノートを少し書いて、こうなるともう「ライティング・ホリック」っていうか、「ダイアリー・ジャンキー」とでも名付けましょうか、書かないと落ち着かない気分になるし、書いてからベッドに入れば気分よく眠れる。
■「群像」に書いた短篇小説『レパード』について何通かメールをもらったが、滋賀に住むM君は、タイトルを最初見て、「パレード」だと思ったという。いや、それは僕も気がついており、ゲラの段階でその活字を見、一瞬「パレード」に読めた。M君は広島の出身だそうだ。その町には地下鉄がなく、『レパード』を地下鉄に乗って実感しながら読みたいとあった。東京に住んでいるといくつかの都市的な事象をあたりまえだと前提にしがちだ。地方では考えられないようなことはいくつもあって、昼間からなぜ盛り場にはこんなに人がぞろぞろ歩いているか謎である。わたしもその一人、ひる日中、ぶらぶら近所を歩いているよくわからない職業の人間だ。それで思い出したけど、『帝都東京・隠された地下網の謎』は、考えてみると東京に住んでいないとぴんと来ないところがかなりある。地理がよくわからないだろう。

■夜、クルマで郵便局に行き、不在届になっていた荷物を取りにゆく。岩波書店からのもので、『動詞的人生』という本だった。岩波のPR誌「図書」に連載されていた同名のエッセイをまとめたもので、様々な書き手が好きな動詞を選んでテーマにした連作エッセイ集。僕の書いた「さまよう」も収められているが、これは『牛乳の作法』(筑摩書房)にすでに収録したもの。で、目次を見ると、「拝む」「歩く」「吸う」「別れる」「捨てる」と基本的な動詞が並んだあと、いきなり、「峠を越える」とあって笑った。上野千鶴子さんのエッセイである。「越える」はたしかに動詞だけど、峠を越えちゃうのかと、おかしかったのだ。
■ほかに渡辺保さんの「立つ」が印象にのこった。「立つ」について僕もしばしば書いてきたので興味深く読めば、かつて日本人は、「足で立つ」のではなく、「腰で立っていた」そうだ。こうして書くとよくわからないが、言われてやってみたが、うまくできない。足に力を入れない。腰で上半身を支え足がそれに持ち上げられるように全身が「立つ」という状態にする。すると上半身が乱れずまっすぐに立つことができるという。古典芸能の基本的な所作のひとつだと渡辺さんのエッセイで教えられた。考えてみれば、「着物」で「足を使って立て」ば、裾が乱れぶざまな姿になる。だからかつての日本人は腰を使って立っていたのだろうが、それが「すっくと立つ」の本来の姿だ。部屋いまでは足を器用に操って着物の裾を乱さずに立つが、それは元々の立ち方ではない。
■で、また深夜の都心を走った。あ、そうだ、全然関係ないけど携帯電話の機種を変えのだった。知人の紹介でものすごく価格の安いカメラ付きのものが手に入った。ソニーエリクソンの新しいものにしたかったがなにしろ値段が五分の一である。七千円である。ドコモの機種変更、電話番号が変わらずこの値段だ。カメラが123万画素というのもわりと納得のゆくところだし、画像のデータをメモリースティックに記録できるのがいい。コンピュータに簡単に転送できる。デザインは一般的だがまあしょうがない。暗いところで撮影するとぶれがちになるものの、カメラを開かずに撮れるのがいいところで、なにしろあの姿がだね、どうもいけない。なぜか手を突き伸ばして人は携帯で写真を撮る。写真はリビングから仕事部屋をのぞいたところ。ぶれている。まあ、そんな日々。

(6:40 jan.11 2003)


Jan.8 thurs.  「とてつもない睡眠時間」

■驚くべきことが起こったのだった。このノートを朝書いて、少し眠ってから原稿を書こうと思ったのだが、すぐに眠れず、本を読んでいた。それからようやく眠れたものの、で、目が覚めたら、深夜の午前三時である。10数時間眠ってしまった。一日を棒に振った。目が覚めてもしばらく動けない。驚いたことに原稿が一行も進んでいない。あたりまえだけど。
■ぜんぜん関係ないけど、暮れから正月にかけてテレビでいくつか「笑い」を見ていて思うのは、ここにもまた「新古典主義」というか、「新保守主義」、いわばネオコンが跋扈している傾向を見ることができ、ほとんどの笑いの形式が「古典的」なのが気になった。って、それも詳しく書きたいが、それより「チェーホフを読む」を書かなくてはいけない。書けないのだ。
■あと、いろいろメールをもらったことに対してコメントしたいが、ネット上のある場所で『帝都東京・隠された地下網の秘密』について書かれた掲示板があること、そこに僕も登場することなど、やはりメールで教えてもらったものの、そういったものは私は一切、見ない。で、それについても書きたいことはあるが、とにかく原稿を書く。ひとことだけ触れれば、僕は秋庭俊さんを圧倒的に擁護する。「職務質問」は奇妙だということを書いたのだ。

(8:02 jan.9 2003)


Jan.7 wed.  「ドストエフスキー」

■夕方までに、「チェーホフを読む」を五枚書いた。あと二十枚。
■そこで力つきたと感じたが、もう一踏ん張りと気力を出そうとしたところへ、「ユリイカ」のYさんからメールが届き、当然原稿の催促なのだが、「文學界」の最新号に山城むつみさんの「ドストエフスキー」という不定期連載がはじまってこの批評がすごくいいと書き添えてあったので、ついつい読んでしまった。たしかによかったし、たまたま最近、『カラマーゾフの兄弟』を再読していたこともあって興味深かった。ドストエフスキーの研究者バフチンについて、その「ポリフォニー理論」を再考する論述などとても新鮮だ。おまけに身柄を拘束されたフセインが穴蔵で読んでいたのが『罪と罰』だったというこのタイムリーさはなんだ。それで原稿はもう書けない。
■夜から「テキスト・リーディング・ワークショップ」のために曙橋まで行く。今年はじめての回で受講者の顔ぶれもずいぶん変わった。きょうはギリシア悲劇の『オイディプス王』を読む。これまでにこの戯曲を何度読んだだろう。読むたびにちがった印象を受ける。たとえば「父殺し」というテーマは、様々な姿で語られてきたことだが若いころはすごく単純に「父権的なものへの抗いの暗喩」と考えていたが、この歳になると、また異なる悲劇として読める気がしてくるのだし、だんだん自分が「父」に似てくることを経験して読みも変化する。運命の悲劇は、神話性よりもっとリアルに、血の循環のようなものとして感じもするのだった。

■家に戻ってから制作の永井と打ち合わせ。永井によれば、「二〇〇五年新作公演」に向けて実行する「俳優オーディション」の告知においてこのサイトの影響力は想像以上だ。広島の人からも連絡があったという。しかし疲れた。きのうも書いたようにメールへの応接はさらにまた。「チェーホフを読む」を書き上げなくては。と、これを書いているいま(8日朝)、なぜか胃が痛くて目が覚めた。寝不足。胃が痛いと思いつつこのノートを書く。もう一眠りしたら原稿をきょうじゅうに仕上げる。つもり。

(9:14 jan.8 2003)


Jan.6 tue.  「あの人」

■たくさんの年賀メールをありがとうございます。年賀状もいただいてとてもありがたいです。それから、「渡良瀬川貯水池」「東京の地下」「地図」「マリファナ」など、いくつかのことでメールをもらった。それについても書きたいことは山のようにあるが、すまん、原稿が書けないのだ。
■で、原稿が書けずに苦しんでいるとき、「群像」の最新号に発表された青山真治さんの小説、『
Radio Hawaii』を読んで、なにか、たまらない気持ちのたかぶりが出現したのだった。その短編には、「あの人」のことが語られている。僕がかつて一度だけ、新宿のサウナでその姿を見たことのある、「あの人」について語るにあたり、また異なる方法を使って書きつつ、奇をてらうようなところなど微塵もなく、様々な要素は散りばめられていても、ずっしり重いストレートだ。少しシュート回転して打者によっては懐に飛び込んでそこでぐっと伸びる。シュート回転する重い直球にからだをのけぞらされるような感覚で僕は読んだ。「あ」っと、読み終えて声をあげそうになり、泣きたくなった。
■わたしも短編小説を書いておりますので読んでください。夢に出てきたある人のことを書いたものです。この気分のたかまりを忘れないうちに原稿を書きます。落ち着いたらいくつかのメールについても応接いたしますので、お待ちいただきたい。

(2:55 jan.7 2003)


Jan.5 mon.  「仕事はじめ」

■驚くべきことに、「ユリイカ」の連載、「チェーホフを読む」は今月、締め切りが二回あるのだった。これから締め切りを月の内にするという印刷所との関係でそうなったとのこと。「文學界」のOさんからいただいた年賀状には、「小説の締め切りは二月です」ときっぱりあった。書きます。私は書く。年賀状といえば、三坂から届いた年賀状はどこか小さな駅にいる不気味な三坂の写真で、写真のタイトルが、「北関東の女」だ。なんだそれは。
■というわけで、クリスティヴァの本など読んでフェミニズムについてばたばたと勉強している。数多くあるフェミニズム関連のなかでなぜクリスティヴァかといったら、名前の響きがいいとか、あと手がかりがなくてですね、かつて読んだからというか、家にあったからという、なんていいかげんな読書態度だ。チェーホフの『かもめ』を、第一回の原稿で「フェミニズムの文脈で読み解く必要がある」と書いていながら、フェミニズムについてどれを読んだらいいかわからぬまま、『かもめ』の最終回になってしまった。
■さらに、『ハムレット』の分析をする。分析といっても、登場人物たちの相関図を作っただけの話だ。こうするとなにが面白いかというと、たんに図を作ることの快楽があるが、全体を視覚的に把握するということでもある。それからこのあいだ小説の資料になるかもしれないと買った『日本全国保存兵器ガイド』(文春ユネスコ)をぱらぱら見ると、旧陸海軍の兵器が全国いたるところに残っていることがわかり興味深い。近場にあるものを見に行きたいと思った。なかでも、資料の宝庫と思われるのは、靖国神社遊就館に付属してある「偕行文庫室」だ。「偕行社より寄贈された陸軍関係図書と靖国神社社蔵の図書を合わせた一大図書館」らしい。ただ、靖国神社が怖いんだよ、俺は。クルマで都心を走っているとつい靖国神社の前に出てしまうのだった。夜なんか、もう、怖くてたまらない。

■その後も肩はひどく痛い。キーボードを叩くのが苦しいほどなので、鍼治療に行くことにした。めちゃくちゃ鍼を打たれる。で、肩とは関係がないが、四日(日曜日)は突然、鬱状態になったのだった。眠っているところを電話で起こされ(なぜか外国人からのまちがい電話だった)、なんの理由もないのに気分がどかーんとダウンした。理由がわかればウツなんてべつにどうってことはないが、理由のわからないウツは始末におえない。なにか解決法はないか考えたが、人はこういうとき酒を飲んだりするのだろうかとか、こうして人はドラッグにはまるのだろうかなど、様々な思いがめぐる。
■それで四日はほとんど眠っていた。ただ眠る。眠る以外になかった。

(8:13 jan.6 2004)


Jan.3 sat.  「ハムレットに向かって、その他」 ver.2

■ほとんどなにもしないままの正月である。
■本を読もうと思うが集中力がない。「天皇参賀シェークスピア計画」の参加者から感想をもらう。「楽しかった」という意見もあったが、なかには「日の丸の小旗」を生理的に手に出来なかったという話も。僕も抵抗がなかったわけではないが、むしろ、それに対する「重み」を感じられなくなっているということか。どうでもいいこんなものといった投げやりなところがあったが、端から見ると日の丸を手にしている僕が変だったという。
■青山真治さんの日記をようやく発見した。もっと早く知りたかった。そのなかで青山さんは、「ネットと酒宴の同一感について 」という文章を書いており、それに共感した。
 毎日どこかで酒を呑んで、誰かに会って喋っている。面白いこともつまらないこともいろいろある。そうやっていると、僕がひぐやんやとよさんの日記を読んだり、宮沢さんの日記を読んだり、あるいは逆にかれらが僕の日記を読むことで、お互いの思考が膨らみ、次へ向かう考えのヒントを得ることがあるとするなら、インターネットは呑みに行くことにとても近い、ということが実感としてわかる。逆に、そこから先に行けないとすればネットで日記を公表する意味はない、とまでは言わないが、せめてそれくらいの生産性はないとね。もちろん、呑みに行くことでのみ広がる認識というのもあるけど。呑みに出ると金がかかりすぎるとか、次の昼は使いものにならないとか、いろいろ弊害はある。でもこれって、結局普段他人と会って話をしたりする機会にあまりに恵まれていない、引き篭り系の人間にありがちなのだろう。それもどうかと思うので、財布をはたいて酒を呑む。
 さらに青山さんは、「宮沢さんの日記にある、出会った人みんなに『ハムレット』の一節を読ませ、それをビデオに撮る、というアイデアは凄く面白い。その意味は特に問わないが、その試みじたい、一見手抜き風で、とても面白い。僕もどこかで一言、撮って欲しいとすら思う。だってそれってへんにマジで気味の悪いユニクロのCMより遥かに気が利いてるじゃん」と書いてくれている。とても勇気づけられたのと同時に、ぜひとも青山さんにも読んでもらいたいと思った。

■さて、このところ私がたいへん興味を持っていることの一つに、「東京の地下」と「東京の地下鉄」があるのはもう言うまでもないが、片岡義男さんのサイトの文章はちょっとすごい。ぜひ読んでもらいたい。
■ところで、「マリファナ」について突然、考えたのは、あることをネットで知ったからだ。
■「マリファナ」の是非に関して言えば、たとえばこの国の「法」では厳しく規制されているが、オランダをはじめヨーロッパのいくつかの国で自由であることから考えれば「覚醒剤」と異なり「中毒性」「依存性」をはじめとする害はないと考えてもいいし、あるいは、「マリファナ」の刺激に飽き足らなくなった者が「覚醒剤」に刺激を求めるという論理はおかしい。だったら変成意識を生み出す「酒」に飽き足らなくなった者が「ドラッグ」に手を出してもおかしくないし、テレビゲームで敵を倒しているうちもっと刺激がほしくなってほんとうの殺人をしたくなるかといえばそれは一般性はなく、ある「特別な者」によってそれは事実起こる可能性はあっても、それはその人物の問題である。
■一方、ある方からもらったメールで教えられたのは、ヨーロッパのいくつかの国における「マリファナの自由化」は、そうすることによって政治的な不満の論点をそらすという政府の思惑があると考えればそれもまた政治的に仕組まれた巧妙な手口を感じる。

■あるテレビ局の報道局の社員が数年前、大麻を携帯していたということで職務質問を受けた際に逮捕されるという事件が発生している。このニュースをもう少し調べたいと思ったのは、この「職務質問」ってやつがよくわからないからだ。僕もなぜ、捕まらないのか、それは単に運がよかったのか、では作家の中島らもはどうして捕まったのか(ちなみに僕はもう10数年そのてのものに手を出していないけれど)、わからないことはいろいろある。芋蔓式というやつがあって、ある人物が逮捕されたあと、そこから次々と逮捕されることはあるし大麻取締法によって芸能人が逮捕されることには「見せしめ」の傾向があり、テレビ局の報道局員もまた「テレビ局員」という点にスキャンダラス性が高く、「見せしめ」としては効果は大きいだろう。ただ、「職務質問」がわからない。ネットの記事は粗雑なので詳しいこと、状況などわからないのでしっかり調べないとだめだと思いつつも、ここには、なにやら「権力」が発動した予感がある気もしないのではないのだった。
■数年前、逮捕されたテレビ局の社員こそ、「東京の地下」に興味を持ったあの人なのだった。この事実は様々な方向から考えられるが、「大麻で捕まったやつの話」などといって、あの本を、「トンデモ本」として一蹴する気はもちろんないものの、一方で「トンデモ本」としての側面もあるあの本を、著者のそうした背景から、考えざるをえなくなるのも正直なところで、だからってなあ、マリファナごときでそうそう人は「トンデモ」になるはずはないのだ。
■そんなことを考えていたおり、ヤフーのオークションで買った戦前に制作されたとおぼしい古地図が届いた。このあいだ書いた西新宿の、いま都庁や高層ビルが建つあたりの地図に「謎の線」があると書いた部分ももちろんあった。あの「東京の地下」に関する本では、スペースの関係もあって周囲があまり見えないが、手元に届いた西新宿あたりの地図を見るとあの「謎の線」は、地区の境界線だとわかり、少し興ざめするものの、ではなぜ、「淀橋上水場」のなかに地区の境界線があるかは謎だ。その地図をよく見るとおかしなところはいくつもある。この境界線もかなりおかしい。その地区は戦後改正されおおきく西新宿になっており、その一丁目、二丁目の境界も、合理的に道路を基本に整理されている。だとしたらさらに疑問に思えてくるのは戦前(おそらく昭和初年)の地図の境界線がなにをもとに作られているかまったくわからないからで、「東京の地下」の著者が書いている文脈で考えれば、地上の道路ではなく「地下の道」を基本に境界線を引いたとも考えられる。
■謎はいよいよ深まっているのだ。この本の「トンデモ性」はぬぐいがたいが、しかし、それと同時に、著者が大麻取締法で逮捕されていることを知ってなおももまた、奇妙なミステリーがこの本を中心に生まれているのを知った。謎である。奇怪である。さらに、地下鉄だけではなく、「首都高」を中心に「東京の地下」について調べているこういったページを発見した。

■なにもしていなかったものの、突然、京王線橋本駅というか、JR横浜線橋本駅に「青山ブックセンター」があるというのを知って行ってみたいと思ったのは、かつてわたしが学生のころの橋本なんて土地は(その近くに大学があったのですね)、なんにもない場所で、そこに「青山ブックセンター」が出来たってのはなにがどう変わったかと奇妙に感じたからで、この目で見て確かめたかった。
■まあ、もう20数年、行ってないからあのあたりが変わっているのは当然だが、かつての記憶がまったく消えてしまっているのを、現地に着いて思い知らされた。「青山ブックセンター」はさすがに、「橋本店」だった。青山の本店とはかなり異なる。しかも大形スーパーのなかにある。同じフロアにゲームコーナーがあってうるさいったらない。地方感が漂っていた。そのあと、国道16号線を北上し八王子に行ってそこで食事。ここにも学生時代ずいぶん来ていたというか、住んでいたわけだが、当時の面影などないのだった。記憶がなくなっているということだろうか。記憶なんて曖昧だ。
■てなわけで、少し『ハムレット』を読み、二〇〇五年の舞台のための構想を練る。どこをどんなふうに組み立て、またまったく異なるアプローチでハムレットを舞台に出来るか。その一つに、何度か書いている「プロットノート」や、「いろいろな人にハムレットを読んでもらう」があるのだが、素材が揃ったところで、考えよう。いまはとにかくカメラを回したいと思ったのだった。

(18:34 jan.4 2004)


Jan.2 fri.  「皇居へ」

■考えてみれば30年近く東京に住んでいながらこんなに皇居をじっくり見たのははじめてだった。皇居前広場から二重橋を渡ってなかに入るが、その前に「日の丸」の小旗を手渡される。どうやら民間のボランティアという種類の人がそうしているらしく僕に旗を渡したのは子どもだった。日の丸の小旗を手にしたのも生まれて初めてだ。
■騎馬警察がいたがこれはなんでしょう、観光客用のアトラクションのようだった。皇居前広場では厳重なチェック。空港の身体検査なみに金属探知器でカラダを探られる。ペットボトルの飲み物は取り上げられる。二重橋を渡って皇居の中に入る。かなり広い印象を受けたが一般の参賀者が入れるのはごく一部の場所だというのは、あとで地図を見て知った。広大である。皇居。参賀者にはあまり緊張感はない。右翼の姿もほとんどなく、観光客が物見遊山で来てしまった感じがする。門の前には私服というか公安が並んでいるものの、この緊張感のなさは、なにごとだ。
■いよいよ天皇家の方々が姿を現す。宮殿東庭にはかなりの人の数。やけに天気がいい。暑いくらいだ。それで「天皇参賀シェークスピア計画」は実行された。で、カメラが僕を含め三台。朗読者が五人ほど。みな女たちである。なかにはオフィーリアを読むからとドレスを着てきた者もいる。なにを考えているのだ。しかもでかい声で朗読。まわりが異様な目で見ている。なにかあったら素早く逃げようとわたしは思った。カメラを回していると軍服のようなものを着た男が「天皇陛下万歳」と叫んでいるのでついそこに引きつけられる。打ち振られる日の丸。天皇のことば。

■終わって皇居をあとにすると、馬場先門の前にある東京會舘のカフェでみんなと話をする。まあ、なにごともなくてよかったものの、何事もなさ過ぎて拍子抜けだ。むしろ楽しいレクレーションをしてきたような気分になった。これが平成の天皇の時代相なのかもしれない。それはそれで不気味なのだが。

(11:56 jan.3 2004)


Jan.1 thurs.  「2004年である」

謹賀新年


■あけましておめでとうございます。
■男優に限定した「俳優オーディション」を二月に実施する。詳細はこちらのページでごらんいただきたい。
■昨年の12月31日は、って、きのうだが、ふとカメラ用の三脚がほしくなって買いにいった。その前に神田の神保町に行ったところ、古書店はほとんど休業、唯一といっていいほど開いていた三省堂書店で読みたいと思っていたのに見つけられなかった本を何冊か買う。
■三脚は新宿のヨドバシカメラで買ったが、そのとき、デジタルビデオカメラが並んでいて、なかでも、「業務用」と書かれてあるソニーの40万円ぐらいするものに心が動いたのだった。「業務用」がどうもいけない。人は「限定」という言葉に弱いとどこかに書いたことがあるが、僕には「業務用」が魅力的で、素人は立ち入ってはいけない領域をそこに感じ、しかし、店頭に並んでいるのだから買ってもいいと許可されたようでそこに引かれるものを感じる。つい買いそうになったがしかし高いしなあ。ほかに買いたいものだってもちろんあるし、我慢した。このカメラで一月二日の行事を撮影したい誘惑にかられてもいた。以前書いたように一月二日の行事を決行することになったが、その後、参加者がぞくぞく集まり、総勢10人くらいになりそうだ。この行事を暗号名でわれわれは呼んでおり、「天皇参賀シェークスピア計画」という。そのままじゃないか。でも、参賀しようという心持ちなのだから、誰も文句はつけられまい。
■むかし、二重橋で「たこ揚げ」をしているところを写真に撮ろうとしたらすぐに「たこ」を没収された。学生のころ国会議事堂の前で8ミリ映画を撮影しようとしたらだーっと警官が集まってきて取り囲まれ、というのもその日が国会の開催日で、天皇が来るというのである。映画ですというと、だったらさっさと撮って帰れというのだが、役者の一人がネクタイを結ばなくちゃいけないのにうまく結べない。苛立った警官の一人が、「しょうがねえなあ」と言って結んでくれた。大笑いだ。

■そういえば、『亀虫』に主演している杉山彦々君からメールがあった。このノートの記述、「すごくいい。だめである。」という部分がうれしかったという。富永監督といっしょに住んでいるらしくすぐに読んでくれしかもメールまでくれて、こちらこそまことにうれしかった。『トーキョー・ボディ』に出ていた伊勢や笠木からも年賀状ではなく、年賀メール。青山真治監督からも新年のメールをいただく。午前六時頃というすごい時間のメールだったが、こちらが書こうと思っているところに先を越された思いになる。すぐに返事を書いたのがやはり午前六時過ぎだ。午前六時過ぎのメールのやりとり。新年からいいことが続く。
■というわけで、例年とはまた異なる新年を迎えてる。天皇杯サッカーの決勝を見ていた。結果的にはジュビロが優勝したものの、セレッソもかなりよかった。チェックが早いのでいつものジュビロのサッカーにならない。でも、福西らを怪我で欠いているあいだに、若手が力を付けたのではないかとうれしくなった。小泉は靖国参拝。ところで、東京の幹線道路には、「明治通り」と「昭和通り」がある。じゃあ「大正通り」がないのはなぜかと疑問に思った人はいないだろうか。「大正通り」はかつて存在していた。いまその道路は「靖国通り」と呼ばれている。「東京の地下」に興味を持つと、その流れで道路にも関心が生まれ、猪瀬直樹の『道路の権力』を読んでいるところ。さらに「東京の地下」と「郵政事業」もかなりつながりがあり、見事なほど「地下」はいまの政治に顕在しているのであった。
■かつて「道路」なんかに興味はぜんぜんなかったが、それが意識にのぼってきたのは、やはりクルマに乗るようになったからだろう。クルマで走ってはじめて、都市は、というかこの国は、クルマ優先に作られ道路がものすごいいきおいで整備されているのを実感するのである。そこに「利権」が発生するのはいまさら書くまでもないが、秋庭俊さんの『帝都東京・隠された地下網の秘密』に書かれているタブーも、結局はそこにたどりついてしまうし、「利権の構造」がまさに地下に作られており、地下で莫大な金が動いている。そういえば夏にあった大学のコミュニケーション入試を受けたという人からメールがあり、先日書いた『帝都東京・隠された地下網の秘密2』にあった「ワニ」だが、それは天皇と関係があるのではないかという。日本神話に「ワニ」が出てきたそういえば。なるほど。

■今年は、二〇〇五年の新作舞台のために、様々な小さなプロジェクトをやってゆきます。よろしくお願いします。というわけで、みなさまの二〇〇四年がよい年でありますように。

(3:36 jan.2 2004)


2003年12月後半はこちら → 十二月後半バックナンバー