過去の公演

 本作品(2016年9月/こまばアゴラ劇場)は「妊娠と出産」について深い場所まで考えようと戯曲にとりかかった作品。ワークインプログレス(準備公演)をその年の3月に上演した。資料にあたり、俳優たちの意見を元にし、さらに様々な小説、戯曲、エッセイなどの引用をちりばめて作った。当然だが「相模原障害者施設殺傷事件」というむごたらしい出来事が起こるなどまったく想像していなかった時期だ。この作品には、妊娠の検査で、お腹にいる子どもが障害を持って生まれてくる可能性が高いこと、はじめは堕胎しようと考えたが、あることをきっかけに産むと決意する女が描かれている。

 その舞台の噂を聞いた知人からTwitterDMを通じて連絡があった。その知人に向けて、本公演の当日パンフに私は次のように記した。

「Xさんへのメール」

 先日はいろいろな話を聞かせてくれてありがとうございました。

 なにより、あなたがごく最近、出産し、そして、そのお子さんがダウン症で産まれたことをSNSのメッセージで伝えてくれたこと、そんな大事なことを話してくれたことにとても感謝しています。あなたの友だちが3月に公演したこの舞台の「ワークインプログレス」を観に来てくれた。そして舞台の内容をあなたに伝えたという。あなたには、そのこと、つまりあなたの出産と、あなたのお子さんについて僕に話す義務はなにもなかったはずです。たまたま、僕は「妊娠と出産」についての舞台を上演しようと思った。たまたまです。ほんとうに偶然です。

 だから、話してくれたことにとても感謝しましたし、それと同時に、なぜ話してくれたのかについて不思議にも思いました。考えました。むつかしいです。まだ僕にはわからないのです。でも、メッセージだけではなく、実際に会って話をしたときのあなたは、いつものように明るくて、子どものことを嬉しそうに語ってくれた。ほんとのことを言うとね、その姿が、もしかしたら無理しているのじゃないかと心配にもなったのですよ。

 話はとても参考になりました。戯曲を書き直すのに大きな力になりました。つい最近、またメッセージをくれましたね。とても嬉しかったです。あなたは書いていました(勝手に引用することをお許しください)。

「相模原の本当に嫌な事件もありましたが、 それでも、私は、世の中捨てたもんじゃない、とも思っていまして。私の周りには、それなりに楽しく幸せに過ごしている障害児の家族や、それを支える医療、自治体、保育などの尊敬できる人たちも多くいるからです」

 だから、この舞台のテーマを、それはほんとうに、ふとした思いつきだったのかもしれませんが、いま上演することに、ごく個人的に、特別な感情を抱いています。稽古が進み、それから考えたのは、あの日、あなたが明るく話してくれた姿は、ほんとうなんだという確信でした。

 ほんとうにありがとう。

 また会いましょう。

 

「ヒネミの商人」20143月)はこちら