Jan. 6 tue. 「仕事はじめ」


■かつては、新しい本が出たり、なにか告知があるとこの上に小さなバナーを並べていたが、デザインを変えて以来、下の方に告知があるので自分でも掲載するのを忘れる。去年の暮れに新潮文庫から『アップルの人』が出ていたのである。これはかつて「MAC POWER」の連載をまとめた、『レンダリングタワー』の文庫化だが、単行本には収録していないエッセイが半分近く入っているので、お得だろうと思う。ぜひ読んでいただきたい。久しぶりにばかばかしい本になりました。
■さて、本日(6日)は本年の仕事はじめであった。
■25年前に作った「スネークマンショー」のビデオ『楽しいテレビ』(僕は脚本で参加している)がDVD化されるとのことで、パッケージに含まれるブックレット掲載の鼎談を、俳優の伊武雅刀さん、いとうせいこう君としたのである。いやあ、じつに楽しかった。伊武さんとはいったい何年ぶりに会ったか忘れたがかつてとほとんど変わっていない。相変わらずの「いい声」だ。当時(一九八三年)のことを三人ともほとんど覚えていなかったが、驚いたことに制作した会社に当時の資料(脚本、スケジュール表、スタッフ・キャスト連絡先など)がかなりの量、保管されており、それを手がかりにいろいろ思い出す。ああ、そうだった、そんなこともあったと記憶がよみがえってきた。懐かしい。鼎談をまとめてくれるライターの方が、スネークマンショーにしろ、ラジカル・ガジベリビンバ・システムにしろ、よく知っているので、気持ちよく話が進行したのも大きかった。でも、意外に僕は、やけに細かいこと、どうでもいいことを記憶しており、この場面の撮影のとき、この女優さんは喘息の発作でそうとうつらそうだったとか、べつのシーンの撮影はあたかも実際の場所のようだがセットだったなど裏話をする。
■それで、どういった話の流れでそうなったかよくわからないが、スネークマンショーのオリジナルメンバー、伊武雅刀さんと小林克也さんとで、漫才をやるということになったのだ。しかもM−1に出なければだめだと、いとう君が強力にすすめる。本は僕が書くと約束。もう、ただのスネークマンショーファンとしてその漫才はぜったいに見たいよ俺は。とても楽しい鼎談になった。天気もよくていい日だった。ことによると今年はいい年になるのではないかと思えるような「いい日」だったのである。ちなみにきのう(五日)は、帰郷の疲れが取れずだめな一日だったが。楽しかった。久しぶりに楽しい時間を過ごせた。
(4:05 Jan. 7 2008)
Jan. 4 sun. 「慌しかった年末年始」

■昨年の暮れ、父の実姉が亡くなられたので、通夜、告別式が29日、30日にあり、身のまわりを片付ける余裕もないまま、それで上京していた母をクルマに乗せ30日の深夜に掛川に帰郷したのである。その日は、告別式のあと予約してあった髪を切ってもらう店に行きその後、二時間半クルマを運転してぐったりした。だいたい、通夜、告別式で、いまは坊主をしている従兄弟が、まあ、会えばきまって金のことしか口にしない大馬鹿野郎のなまぐさ坊主なわけだが、その従兄弟の相手をするので疲れてもいたし、親戚がみんなもう老人だから相手をするのも大変である。父が亡くなり、その姉もなくなり、母の実の姉も去年亡くなったりと、そういった年齢の人たちが自分の親の世代だから、去年は葬儀つづきだった。
■戦争を体験した人たちである。その人たちの親の世代は兄弟が三人とか、四人といった数なのに、この世代、つまり戦中派がすごい、だいたい八人ぐらい兄弟がいて、「生めよ増やせよ」という国の政策でだいたいの家族が子だくさんだ。戦争が終わって、彼らは成人してゆくが、戦後の日本の労働力はこのときの「生めよ増やせよ政策」によって増大したのではないかと想像できる。だから高度成長が可能だったのかこの国は。とはいっても、みんな子どもが多くて苦労したと思われ、莫大な労働力によって国が活性化しその恩恵を受けたのは一部の「資本家」だったにちがいない。その世代が死んでゆく。ものすごく働いた人たちが老人になってゆき、数が多いだけに、いまとなってはその介護をどうするかという深刻な、またべつの問題が起こっている。子どもの数が少なくなって、逆に老人は増え、老人が老人を介護するという悲惨な現実はいまやあたりまえのこととしてそこかしこに頻出している。
■それにつけても、金のことしか口にしないなまぐさ坊主の従兄弟をどうしてくれようかと思っているのだ。ざっくりした言葉で表現すれば、「ばか」としか言いようがないが、まあ、「金」というか「経済」は社会の根底にあって人の生を規定しているとはいうものの、仮にもこいつ宗教家じゃないかと思うといよいよ腹立たしい。もちろん僧侶のすべてがそうじゃないはずだし、尊敬すべき宗教家も数多くいるが、従兄弟は「ばか」の見本である。というか、「ばか」が袈裟を着て歩いている。
■それにしても年末、すべきことはほとんどしなかったわが家だが、もちろん大掃除はなく、昨年の二月に父が亡くなっているので新年の挨拶をお断りする知らせも出さなかったものだから、まったく失礼なことになってしまい、わが家の社会性のなさをどうしたものかと。遊園地再生事業団と私個人の挨拶は「寒中見舞い」としてあらためてお送りしなければな。だめな新年だ。
■帰郷したおり、初詣にも行き、雑煮も食べ、正月らしいことはしたものの、母親と妹が次々に繰り出してくる、デジタル家電攻勢に私はたじろいで、家に戻ったら、地デジが映る液晶テレビだの、地デジ対応DVDだの、日本の家庭はどうなっているのか、そんなにテレビが進化してなんになるのかと思わずにいられない。液晶テレビがきれいなんだよ、すごく、腹立たしいことに。だったら、ソフトをなんとかしろ。まあ、いい番組、面白い番組もあるのだろうけれど、目立つのはだめなプログラムだ。ほんとにだめだなあ。企画してるやつのことを考えると悲しい気持ちにすらなる。あと、正月はなにかとよく食べる。それも腹立たしい気分になって、太ってゆくのが目に見えてわかるから、それがまたいやな気持ちにさせる。なぜ、正月なんかあるんだ。あ、あと小学生時代の同級生の伊地知にも会った。相変わらずばかだった。
■四日の深夜に東京へ。Uターンラッシュも収まりわりと早く東京に戻ってくることができた。今週はもう授業がはじまる。その準備もしなければいけないけれど、まずは正月疲れを取ろう。「正月」という言葉に幻惑されて怠けてしまったわけで、からだを元に戻さなくてはいけない。やらなくちゃいけないことがまだ無数にある。
(13:52 Jan. 5 2008)
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