.  『青空の方法』(未掲載原稿)(2000・未発表) .
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 深夜、なにげなくテレビを付けたら関西だけで放送されている番組で、ある作家がカメラに向かって話していた。
「夜口笛を吹くと蛇が出ると昔から言われていますが、蛇が出てきたから、いったいなんなのか?」
 それでテレビを見ている人にその答えを教えてほしいというのが番組の趣旨らしい。実は以前から私もそのことが気になっていたので、作家の疑問に共感した。
「蛇が出たからいったいなんだ」
 つまりこれは、「だからなんだ」という疑問で、このことをあまりつっこんで考えたことはなかったが、同じように疑問に思っている人がいることを知って嬉しかった。よくよく考えてみるとこれは意外に深い問題ではないか。
 ある劇作家が、ラジオドラマを書かないかと依頼を受けたという。プロデューサーと名乗る初老の男がその打ち合わせの席で、「森繁久弥とよく仕事をしたんだよ」と言ったのを聞いて、劇作家は思わず口にしてしまった。
「だからなんだよ?」
 この場合の「蛇」は、「森繁久弥」だ。だが、「蛇」にも、「森繁久弥」にも、「だからなんだ」と言われる筋合いはない。もっぱら、「だからなんだ」はきっかけになった言葉を発した者に向けられる。
 つまり、「蛇」や「森繁久弥」に、「ある力」を求める者への疑いだ。「ある力」は様々な形で町にはびこっている。
「○○さんと、俺、友だちなんだよ」
 これはもう、「だからなんだ」としか言いようがない。「○○先生のお墨付きです」とか、「○○さんご推薦の」などあって、「だからなんだ」が渦巻くのである。
 権威に対する疑問だ。
 まあ、そんなことを私も口にしたことがあるのではないかと自戒するが、それで考えをめぐらせているうち、次のように言われたとしたらどうかと思った。
「夜口笛を吹くと、森繁久弥が来る」
 蛇は「だからなんだ」ですんだが、これはいやだと思った。うっかり、口笛を吹いてしまうのだ。すると、「こんばんは」と言って森繁久弥さんが家に上がってくる。気詰まりなことこのうえない。何を話せばいいのだ。黙っていると、森繁さんは歌い出すだろう。
「ほぉれはくぁわらのかれすぅすきぃ」
 夜、けっして口笛を吹いてはいけない。



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