.  ファックス(1995・共同通信) .
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  長い電話利用の歴史のなかで、「電話の掛け間違い」について、私たち電話利用者はずいぶん成熟したのではないだろうか。その時、どのようにそのことの非を謝罪すればいいのか。受け取った側はどのようにそれに対処すればいいのか。いまや、日常的な挨拶と変わらぬほどに、すらっとそれが口から出るようになった。
 だが、電話もまた進化する。様々な形態の、「電話の掛け間違い」が、私たちを混乱させるのである。
 いつだったか、遅れていた原稿を慌ててFAXで送ったときのことだ。送信しを終え、安心していたところに見知らぬ人から電話があった。ある法律事務所の者だと相手は名乗った。弁護士さんだろうか。
「妙なFAXが、うちの事務所に届いていますが」
 それは何かのエッセイで、エッセイの内容は忘れたが、突然、FAXされたら、受け取った者が困惑するような内容だったのかもしれない。FAXに送信した側の電話番号があり、不審に思った弁護士が事情を確かめようと、折り返し電話してきたのだ。
 事情もなにもない。ただの、間違いFAXである。
 私はまだ、「間違いFAX」について、そのときどう対処していいか、充分な準備ができていなかった。どうあやまったらいいかわからないばかりか、もしかしたら恥ずかしい内容の原稿をいきなり送ってしまったのかもしれないのだ。私は混乱した。何をどうあやまればいいのかよくわからなくなっていた。そして、そんな私の気持ちを見透かしたかのように、弁護士は言うのだ。
「これはいったいなんでしょう?」
 疑問に思うのは当然だが、
「なんでしょう?」と言われても私も答えようがない。私たちはまだ、「間違いFAX」について、対処の仕方に成熟していないのである。
 ほかにも、「間違いポケベル」がさらに混乱を招くと聞いた。AがBのポケベルに、自宅に電話してくれと電話番号を入れる。ところが、それが間違ってCの電話番号だったとしたらどうか。いきなり、Cの家に見知らぬAという人物から電話が入るのだ。
「いま、ベル入れた?」
 いきなり、そんなふうに言われたCはどうしたらいいというのだ。しかも、Aもまた、何も間違ったことはしていない。悪いのは、Bという、不在の第三者なのである。
 そのとき人は、どのように事態を処理したらいいのだろう。
 PHSや携帯電話と、電話はさらに進化してゆく。「間違い」への対処は、まだ未成熟なままだ。

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