[2001年04月19日]


■一年生の授業。きのうとはちがうグループ。八時半に研究室に着くと、すでに鍵が開いており、岩下徹さんがもういらした。すごく早い。実習室は二部屋あり、隣で日舞の授業。その音楽がよく聞こえる。先週まで岩下さんの授業が隣だったが、おそらく僕の授業がわーわーうるさくて迷惑だったにちがいない。壁をなんとかしないとこれはまずいな。二年生の授業で『あの小説の中で集まろう』という作品のビデオを学生に見せたが、隣から鼓の音がする。静かな場面で、ぽんぽんと音がし、そんな効果音を使った記憶がないのでなにかと思ったのだった■人はいろいろなものに支配されるが、音楽が強制する力はまぬがれようがない。舞台の場合は、俳優がそれを自覚するかどうかは大きく、無自覚に音楽に支配された演技はばかに見える。家の近くの烏丸御池の駅では、朝、さわやかな音楽が流れ、たしかに人は通勤通学のあのいやな気分を音楽で救われるかもしれないが、いつもそうだとうんざりする。むしろ、さわやかな音楽が、これを聞くとまたいやな一日のはじまりかという苦痛にさせるのではないか。僕も大学があるときはいつもその音楽を聴く。わざとらしいさわやかさだ■授業を終えてから、二年生を二人呼んで、授業のことで協力を頼んだ。二年生の授業は七月に作品を発表をすることになっている。いわば制作ともいうべき役割をまず決め、作業を進めることにした。一人で考えていると、発表までこぎつけるとはとうてい思えず、どうしたものか困っていたが、協力してもらえることになって少し先が見えた■帰り、大学の前からバスに乗ったが、なぜかバス停にゆくと65番のバスが来る。65番は一時間に一本しかない。となるとこの確立はちょっと異常で、俺が出てくるのをどこかで待っているのではないかとさえ思うようなタイミングのよさ。しかもいつもすいている■はじめて三日間連続の授業を終えた。原稿も書き終え、ほっとする。少し眠ってから荒れ果てた部屋を少し片づける。ヤクルト逆転負け。それにしても疲れた。袋井と京都の往復は予想以上にたいへんだ。しかし、五月の最後あたりにもうひとつたいへんなことが待っており、五月三十日、授業を終えたあとワークショップ。終わって帰るのが深夜。三十一日、朝から授業。終わって東京へ。岩井克人さんと対談。できるのかそんなことが。対談のとき眠ってしまったらどうするかだ。しかも、対談の載る『JN』の編集者は締めきりのことを書いた数日前の日記を読んで怒っていたし■
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