[2001年07月24日]


■夕方、外を祭りの人たちの行列。背中に錦の文字の入った白い衣装を身に着けた男たち。馬がいて、それから御輿がゆく■二年生の発表公演が終わってからもう一週間以上が過ぎた。それで稽古から公演までのことを考えると、今回ほど、自分が「演出する者」であると意識させられたことはなかった気がする。自分が書いたのではない戯曲を演出する機会はこれまでに何度かあったが、やはり作家だと自分を規定していたし、自分が書いた戯曲を演出するには自分が一番わかっているという程度の意識で演出していたのではなかったか■『あの小説の中で集まろう』は自分の作品だが、なぜ今回の舞台では「演出する者」についてこんなに意識したか不思議だったし、「演出」そのものについてこれほど考えたこともない。大学という環境、授業内の発表という枠、その作業の工程、それらがひとかたまりになり凝縮された空気のなかでの仕事は、ふだんの公演とはまったく異なる刺激があったのだろう■だから、「演出」についてこれまで以上に自覚的になれば、自分の演出法に少し飽きがきているのも正直なところ。「こうすればこうなる」といった法則で演出していないかという疑問。もっと異なる「演出そのもの」の方法がある気がしてならない。この公演は、「演出」についてあらためて考えるいい契機だった■その一方で、小説を書く。小説を読む。小説について考える。八月は「小説月間」である。学校の仕事はほぼ終わったがしばらく京都にいてゆっくり考えよう。小説を書き、観光し、ゆっくり考える■「和歌山の人はザ行の言葉を口に出来ない話」を書いたら、何通か関連のメールをもらった。九州出身のOさんからのメールには次のようにあった。●私のいなかの九州では「ゆがむ」を「よがむ」といったりします。ただしニュアンスは「ゆがむ」と全く同じというわけではなく、垂直方向のズレのことを言うことが多い気がします。たとえば「この柱よがんどる」というように●あるいは、タコシェのNさんからも久しぶりのメールをいただいた。●ちなみに江戸っ子である、私の母は、ヒとシの区別がつかず一度「渋谷に出てから日比谷に寄って帰ってくるから」と言ったのを「ヒブヤに行ってからシビヤね」と復唱したのです●言葉もまた、いろいろである■
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