[2000年11月9日]


■大阪のTORII HALLで山田せつ子さんのダンスがある■TORII HALLはとてもいい空間だが、場所がすごいところにあった。大阪は「棲み分け」ということがないのだろうか。千日前商店街の途中の路地を入るとあたりには風俗店などが並びその一画にあるビルの上だ。ビルの下はなにか格闘技のジム。はじめ場所をまちがえたのかと思った■たとえば東京なら、劇場があるのはそれなりの場所で、まちがってもコンテンポラリーダンスを上演するのに歌舞伎町のなかにスペースを作らないと思う■山田さんのダンスの前半、面白い動きがあって、それをどう見ればいいのだろうと、率直に、終演後、質問した■「あれは、笑っていいのでしょうか」■で、笑っていいとの答え■やっぱりそうだったのか、っていうか、自分がそうだと思ったのだし、そう見えたという自分の感じ方にもっと正直であればよかった■ここらへん、実はむつかしいことがあるんだけど、それはまたいづれ書く■山田さんのダンスははじめて見た■ダンスを見ながらさまざまな思いが出現し、いろいろなことを考える。そこにダンサーという風景があるかのようだ。あるいは、絵画の前で立ち止まったときのような感じを受けた■山田さんのお知り合いの方か、楽屋に来た女の人と少し話をした■関西でワークショップをやりたいと話したら、参加したいが、「ある種のワークショップはどうしても受け入れられない」という■聞けば、やっぱり、例のやつ。外国人が指導し、最後に抱き合うタイプのワークショップだ■それができないと、「身体に重しが乗っている」と指摘されるらしい■僕は身体に重しが乗っているような人が好きだ。重しが乗っているような身体には、その身体が表現する特別ななにかがきっとあると思うからだ。それを、「軽く」したり、「解放」することもまたべつの表現を生みだす方法だろうが、無理に解放することはないと考える■

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